男鹿半島の付け根の安東愛季の居城
脇本城わきもとじょう
場所 秋田県男鹿市脇本脇本七沢35付近
旧国郡名 出羽国羽後 秋田郡
別名  
種別 平山城
築城時期 不明
築城背景 築城時期は不明。
その後1577年、湊安東家、檜山安東家を統一した安東愛季が、嫡男の安東業季に檜山城と湊城を譲って、脇本城を大改修し居城とした
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 安東愛季
天守 なし
主な遺構 空堀、土塁、井戸跡
主な再建物  
交通 男鹿なまはげライン 脇本駅 徒歩約30分
駐車場 専用の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場~登3分~内館
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

南端の曲輪群

大土塁

北側の主郭と井戸跡

主郭(天下道から)
構成 男鹿半島の付け根、生鼻崎から続く標高100mほどの断崖に築かれた平山城。

主郭である内館は、天下道と呼ばれた大手道の北側の高所と南の海側の総称で、曲輪を連ね空堀を巡らせた。
北側の大きな曲輪には大土塁を搔き揚げた。

内館の北には、馬乗り場と呼ばれる曲輪群が配された。
縄張図
または
現地
案内図
現状 国の史跡として整備されており、空堀や土塁などの遺構が綺麗に残されている。

国道101号線、船川街道沿いにも駐車場があるが、少し登った中腹の案内所のそばにも数台停められる。

案内所の中には、各種資料も置かれている。
略歴
(前略)
1577年 安東愛季、嫡男の安東業季に檜山城と湊城を譲って、脇本城を大改修し居城に
1582年 安東愛季、比内の浅利勝頼を、松前慶広に謀殺させ、出羽国羽後北部一帯を平定
その後、安東愛季が秋田城介を名乗る
1587年 安東愛季が病死
その後、廃城