秀長の縄張りによる紀州55万石の主城
和歌山城わかやまじょう
場所 和歌山県和歌山市一番丁
旧国郡名 紀伊国 名草郡
別名 虎伏城、竹垣城
種別 平山城
築城時期 1585年(天正13年)
築城背景 羽柴(豊臣)秀吉紀伊国平定後、和歌山を拝領した弟の羽柴(豊臣)秀長が自ら縄張りをし、家臣の藤堂高虎に普請させ築城
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 桑山重晴(城代)、浅野幸長、徳川頼宣
天守 大天守:5重天守(1846年消失)、後に3重3階天守(非現存)、小天守:2重2階(非現存)
主な遺構 岡口門、追廻門、石垣、堀
主な再建物 大天守、小天守、櫓、門、橋など
交通 南海線 和歌山市駅 徒歩約20分
駐車場 北側の市役所裏の有料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜歩5分〜表坂〜登3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

天守、小天守、多聞櫓、乾櫓、
廊下橋、西堀

山吹渓〜切手門

表坂の登り口

本丸の石垣

多聞櫓と天守

二の門櫓と二の門
構成 紀伊国北西部の和歌山、紀ノ川河口そばにある標高49mの虎伏山に築かれた平山城。

山頂の本丸の天守は、3重3階大天守、2重2階小天守、他2基の櫓を3基の多聞櫓で結合させた連立式天守で、東側に本丸御殿が建てられていた。

二の丸は本丸北の段下に置かれ、江戸城の本丸御殿を真似て作ったという二の丸御殿があった。
本丸の南には南の丸、その東に松の丸、二の丸の西に西の丸などを配し、それらを内堀で囲んでいた。
内堀の外側は広大な三の丸だった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 和歌山城公園となっており、岡口門と追廻門、水堀、石垣などが戦国期からの遺構。

本丸跡には大天守、小天守をはじめとした連立天守群が再建されている。

南の丸は動物園に、西の丸は観光バスの駐車場になっている。
三の丸は市街化されており、市役所もここにある。
略歴
1585年 羽柴(豊臣)秀吉紀伊国平定後、和歌山を拝領した弟の羽柴(豊臣)秀長が築城。家老の桑山重晴を城代に
1591年 豊臣秀長病没
1600年 関ヶ原の戦で功をたてた浅野幸長が和歌山を拝領し、城主に(37万6千石)
1619年 徳川頼宣(紀州徳川家の始祖)が紀伊国に入国
(中略)
1846年 落雷により、天守などが消失
(中略)
1958年 天守が再建される