築城名人、藤堂高虎による平山城
宇和島城うわじまじょう
場所 愛媛県宇和島市丸之内
旧国郡名 伊予国、宇和郡
別名 丸串城、鶴島城、板島城
種別 平山城
築城時期 941年(天慶4年)
築城背景 平安時代に、橘遠保が藤原純友追討の功により宇和島の地を拝領し、当地に砦を構えた。
名城 日本100名城  私の500名城  現存12天守
主な城主 橘遠保、西園寺公経、家藤監物、西園寺宣久、持田右京(城代)、戸田与門左衛門(城代)、藤堂高虎、富田信高、藤堂良勝(城代)、伊達秀宗、伊達宗利
天守 独立式層塔型 3重3階(現存)
主な遺構 天守、石垣、移築門
主な再建物  
交通 JR予讃線 宇和島駅 徒歩約20分
駐車場 北側三の丸御殿そばの有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

宇和島城天守(現存)
 

三の丸に移築された、
家老、桑折家の長屋門

井戸櫓台の石垣

本丸から望む宇和島市街
構成 伊予国南西、宇和島にある標高74mの小山に築かれた平山城。

山頂部の本丸を中心に、北に井戸丸、藤兵衛丸、長門丸(二の丸)、本丸の西に、代右衛門丸、式部丸などを階段状に配した梯郭式の縄張り。

山麓に三の丸を置き、それらの主郭を五角形の堀で囲み、その内2辺は海であった。

城域の北東から南にかけて武家屋敷や町屋が広がっていた。

大手は北側の三の丸に開かれ、搦め手は南側に置かれた。

本丸には3重3階の天守があげられ、9つの櫓がそれを取り囲んでいた。
天守は高虎時代は複合式望楼型だったが、1666年(寛文6年)伊達氏のときに現在の独立式層塔型に建て替えられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城山公園となっており、1666年(寛文6年)に建てられた独立式層塔型の天守が現存している。

本丸、二の丸などの石垣のほか、 三の丸に移築された家老、桑折家の長屋門などが遺功として残されている。
略歴
941年 橘遠保が砦を構える
(中略)
●丸串城
1236年 西園寺公経が丸串城として修築
(中略)
1546年 家藤監物が城主に
1575年 西園寺宣久が城主に
1585年 羽柴(豊臣)秀吉四国攻め
戦後、伊予国一国を拝領した小早川隆景の領有となり、家臣の持田右京が城代に
1587年 羽柴(豊臣)秀吉九州攻め
戦後、小早川隆景筑前国筑後国肥後国の一部、合計37万1千石に転封
替わって大洲城主(7万石)となった戸田勝隆の領有となり、家臣の戸田与門左衛門が城代に
1595年 宇和郡を拝領した藤堂高虎が城主に。(7万石)
その後、城を大改修
●宇和島城
1601年 宇和島城と改名
1608年 富田信高が城主に。(12万石)
1613年 城主、富田信高が改易となる
幕府直轄領となり、藤堂高虎の管理下に置かれ、藤堂良勝が城代に
1614年 伊達秀宗が城主に。(10万石)(初代宇和島藩主)
(後略)