吊天井事件の舞台になった関東七名城の一つ
宇都宮城うつのみやじょう
場所 栃木県宇都宮市本丸町
旧国郡名 下野国 芳賀郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1063年(康平6年)
築城背景 下野国の守護職と一之宮別当職などを兼ねた藤原宗円が居城とすべく築城。
名城 私の500名城
主な城主 藤原宗円、宇都宮家、奥平家昌、奥平忠昌、本多正純
天守 天守替わりの清明台櫓(再建)
主な遺構 土塁、堀
主な再建物 清明台櫓、富士見櫓、塀
交通 JR宇都宮線など 宇都宮駅 徒歩約20分
駐車場 城址公園の無料駐車場・市役所の東第2駐車場(無料)
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

土塁上の清明台櫓(左)と
富士見櫓(右)(ともに再建)

富士見櫓と堀

富士見櫓

富士見櫓から見た土塁内部
(秋祭りの最中だった)
構成 城の東を流れる田川を外堀とした連郭梯郭複合式の平城。

堀と土塁に囲まれた本丸を中心に、その周囲に二の丸を置き堀で囲み主郭とした。
さらに主郭を取り巻くように複数の曲輪を廻らせ、それを堀や池で囲んだ。
その外側にも曲輪が取り巻く(外郭)広大な縄張りで、東側は田川までが城域とされた。

天守は建てられなかったが、本丸には清明台櫓や富士見櫓、北櫓、東櫓、巽櫓の5基があげられた。
丸、外郭などから構成された、連郭梯郭複合式の縄張り。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸の一部が宇都宮城址公園となっており、堀、土塁、清明台櫓、富士見櫓などが再現されている。
略歴
1063年 宇都宮家の祖先である、藤原宗円が築城
(中略)
1580年 宇都宮広綱の死により、宇都宮国綱が13歳で家督を相続
この頃から、那須資晴など下総国の反抗勢力や北条家の圧迫を受け始める
宇都宮国綱常陸国佐竹義宣や結城家、さらには豊臣秀吉の臣下につくことで対抗
1585年 宇都宮国綱が本城を、宇都宮城から山城の多気山城に移す。
1590年 小田原城攻め
豊臣秀吉が宇都宮仕置を行う。宇都宮国綱は本領を安堵され、本城を宇都宮城に戻す
1597年 宇都宮国綱が改易となる
1598年 蒲生秀行が城主に(12万石)
1600年 蒲生秀行が会津へ転封
1601年 奥平家昌が城主に(10万石)
1614年 奥平家昌が病死
1619年 奥平忠昌が、下総国古河(11万石)へ転封に
本多正純が城主となり(15万石)、城下町の整備や城の改修を行う
1622年 本多正純、宇都宮吊天井事件(日光東照宮に詣でた帰りの徳川秀忠を暗殺しようとした疑い)により改易
(後略)