牛久沼そばに築かれた岡見家の平山城
牛久城うしくじょう
場所 茨城県牛久市城中町469付近
旧国郡名 常陸国 筑波郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1550年頃(天文19年頃)
築城背景 河内郡の土豪で岡見城主の岡見家の支城として築かれた。(推定)
名城 私の500名城
主な城主 岡見宗治、岡見頼忠、由良国繁、由良貞繁
天守 なし
主な遺構 土塁、土橋、船入
主な再建物  
交通 JR常磐線 佐貫駅 徒歩約40分
駐車場 城跡そばの駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜徒歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

牛久城

本丸の虎口 

本丸

空堀 
構成 常陸国南西部、牛久沼を見下ろす小高い丘に築かれた平山城。

牛久沼に近い郭を本丸とし、北に二の丸、三の丸を並べた連郭式の縄張りで、二の丸の西には腰郭が置かれ主郭部を防御した。

各郭は土塁や空堀によって隔絶され、腰郭の南に船入があった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡となっており、土塁や空堀が残っているものの、整備状況は決して良くない。
船入は埋め立てられてしまったようで、往時の面影を偲ぶことはできない。
略歴
1550年頃 岡見家が、岡見城の支城として築城。(推定)
1570年 岡見頼忠、多賀谷政経、多賀谷経伯の兄弟に、支城の谷田部城と足高城を後略される
1580年 岡見頼忠、北条家の支援の下、多賀谷政経を討ち谷田部城を奪還
1586年 岡見頼忠、多賀谷重経に攻められ討ち死に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めで降伏、開城
戦後、由良国繁が城主に。(5400石)
1611年 由良国繁が死没。子の由良貞繁が城主に
1621年 由良貞重が跡継ぎのないまま死没。弟の由良忠繁が家督を継ぐが、将軍への御目見えをしていなかったため1000石に減封される
1623年 廃城