三成に殉じて散った大谷吉継の居城
敦賀城つるがじょう
場所 福井県敦賀市結城町14
旧国郡名 越前国 敦賀郡
別名  
種別 平城
築城時期 1583年(天正11年)
築城背景 羽柴(豊臣)秀吉から敦賀5万石を拝領した蜂屋頼隆が築城
名城  
主な城主 蜂屋頼隆大谷吉継
天守 不明
主な遺構 移築門(来迎寺)、表門の礎石(真願寺)
主な再建物  
交通 JR北陸本線 敦賀駅 徒歩約25分
駐車場 近くになし
徒歩・登山 敦賀駅〜徒歩25分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩25分

敦賀城跡の真願寺

真願寺境内に残る門の礎石
構成 越前国の西端、敦賀湾に面する平地に築かれた平城。

城地の北は若狭湾、東側は旧笙の川が流れ天然の堀となっていた。

本丸には天守が建てられたと言われるが、規模などは不明。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 結城町〜三島町一帯と言われる城域は市街化されており、遺構らしきものはほとんどない。

本丸跡は真願寺があるあたりで、寺の境内に表門の礎石が残っている。

また、松島町の来迎寺には、中門が移築され残っている。
略歴
1583年 蜂屋頼隆が敦賀5万石を拝領し、築城
1589年 蜂屋頼隆死没
大谷吉継が敦賀5万7千石を拝領し、城主に
1600年 関ヶ原の戦で西軍についた大谷吉継が自害
戦後は、結城秀康の代官が管理
1616年 一国一城令により廃城