武田家と結んだ佐久の伴野家の居館
伴野城とものじょう
場所 長野県佐久市野沢中小屋
旧国郡名 信濃国 佐久郡
別名 伴野館、野沢城
種別 平城
築城時期 鎌倉時代
築城背景 小笠原一族の伴野時長が築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 伴野時長
天守 なし
主な遺構 土塁、堀、櫓台
主な再建物  
交通 八ヶ岳高原線 中込駅 徒歩約17分
駐車場 なし
徒歩・登山 中込駅~徒歩17分~本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

南側の水堀

石積みの土橋

西側の土塁

櫓台跡に建つ大伴神社
構成 佐久郡伴野荘、千曲川そばの平地に築かれた平城。

東西約85m、南北110mの方形の本丸を中心に、東に二の丸、その北に三の丸、本丸の北西に出丸を配した。

曲輪の周囲には土塁を搔き揚げ水堀を巡らせ、本丸の南西隅と出丸の西に櫓が揚げられた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 本丸は公園となっており、周囲の水堀や土塁、南の堀の石積みの土橋などが残されている。

本丸の櫓台には大伴神社が建つ。

二の丸や出丸などは市街化されている。
略歴
1200年頃? 伴野時長が築き居城に(推定)
1285年 霜月騒動により、伴野家は所領を失う
  (中略)
1470年頃 伴野家の居城が前山城に移る 
  (中略)
1540年 武田信虎の佐久侵攻を受け、伴野家は武田軍を前山城に迎え入れる
1549年 伴野家が、武田信晴(信玄)に臣従
1582年 武田家が滅亡
天正壬午の乱で、北条家についていた伴野家は、徳川家家臣、依田信蕃に攻められ滅亡
1590年 小諸城主となった仙石秀久の支配下となり、蔵が置かれる
  (後略)