蜂須賀家政築城の阿波の城
徳島城とくしまじょう
場所 徳島県徳島市徳島町城内
旧国郡名 阿波国 名東郡
別名 渭山城、渭津城
種別 平山城
築城時期 1585年(天正13年)
築城背景 四国攻めののち、羽柴(豊臣)秀吉から阿波国を拝領した蜂須賀家政が居城とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 蜂須賀家政、蜂須賀至鎮
天守 詳細不明(非現存)
主な遺構 石垣、堀、庭園
主な再建物 鷲の門
交通 JR高徳線 徳島駅 徒歩約10分
駐車場 市立博物館西側の有料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

大手の外の見付門だった鷺の門(再建)

本丸の石垣

西二の丸虎口の石垣

城址からの風景
構成 阿波国の北東部、吉野川の河口部そばの標高61mの小山に築かれた平山城。

山上に本丸を中心に、西に向かって西二の丸、西三の丸、西の丸を並べ、本丸の東にも東二の丸を配した梯郭式の縄張りで、藩主の居館は南麓の平地に築かれた。

北を流れる助任川と南を流れる寺島川を天然の堀とし、東には堀を穿って防備を固めた。

天守はあげられたが、江戸時代前期(元和期)に取り壊され、にちに東二の丸に3重3階の御三階櫓が建てられ、これが事実上の天守だった。

また、大手門そばの太鼓櫓は3重4階の望楼型だったことから、こちらの方が徳島城のシンボルだったと思われる。
縄張図
または
現地
案内図
現状 徳島中央公園とされ整備されており、石垣や堀が残っている。
大手門外の見付門だった鷺の門が再建されている。
略歴
1585年 蜂須賀家政が居城とすべく築城
1600年 関ヶ原の戦で、蜂須賀家政は西軍につくが、子の蜂須賀至鎮が東軍についたことから、戦後も阿波国を安堵され、隠居し子の蜂須賀至鎮に家督を譲る
1614年 大坂冬の陣の後、城主、蜂須賀至鎮が淡路国を加増される
(後略)