14歳の謙信が城主を務めた
栃尾城とちおじょう
場所 新潟県長岡市栃尾大町
旧国郡名 越後国 古志郡
別名 舞鶴城、大野城
種別 山城
築城時期 室町時代(詳細不明)
築城背景 不明
名城 私の500名城
主な城主 本庄実仍(城代)、長尾景虎(上杉謙信)、本庄玖介(城代)、宇野左馬充(城代)、本庄秀綱
天守 なし
主な遺構 土塁、堀切、竪堀
主な再建物  
交通 JR上越新幹線など 長岡駅 約20q
駐車場 主郭北側、松の丸跡そばの無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

西谷川から望む栃尾城

本丸

本丸から見おろす栃尾市街

堀切
構成 越後国中部、刈谷田川と西谷川が合流する栃尾の町を見下ろす、標高227mの鶴城山に築かれた山城。

山頂部の実城(本丸)を中心に、南から西へ向かう尾根上に二の丸、中の丸、びわ丸を配し、北へ向かう尾根上に松の丸、三の丸、五島丸を配した、梯郭式の縄張り。

山麓の南に家臣たちの居館を並べ、東には商人たちを住まわせた根古屋式の山城。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備されており、堀切、竪堀、土塁などが残っている。

栃尾市街の諏訪神社からの登城ルートのほか、車の場合は主郭北側、松の丸跡そばの駐車場からの登山(所要5分ほど)がある。
略歴
(前略)
1530年頃 上杉家(守護)と長尾為景(守護代)の闘争を受け、城主の古志長尾家が為景に味方。
(上条の乱)
守護家に味方した上田長尾家に対する拠点となり、改修を受ける
1536年 長尾為景が隠居し、長尾晴景が守護代となり、上条の乱が終結
守護、上杉定実の後嗣問題(伊達時宗丸入嗣問題)をきっかけに、越後は再び内乱状態に
長尾晴景の実弟、長尾景虎(上杉謙信)が反対勢力への抑えのため栃尾城主に。
城代の本庄実仍は、景虎の軍師に
1544年 長尾景虎(上杉謙信)、反長尾派の豪族連合に栃尾城を攻められるが撃退。(栃尾城の戦)
1545年 黒滝城主の黒田秀忠が謀反を起こすが、長尾景虎(上杉謙信)はこれを平定
1546年 黒田秀忠が再び謀反を起こすが、長尾景虎(上杉謙信)は再度平定に成功、黒田秀忠を誅する
1548年 景虎を守護代に推そうとする勢力と、兄、晴景を担ぐ勢力に分かれて対立
守護の上杉定実の仲介により晴景が隠居し、長尾景虎(上杉謙信)が長尾家を継ぎ、越後国守護代に
長尾景虎(上杉謙信)、居城を春日山城に移す
これにより、本庄玖介と宇野左馬充が城代に
1581年 長尾景虎(上杉謙信)が病没
御館の乱が起こると、城主となっていた本庄秀綱は上杉景虎に味方するが、上杉景勝勢に攻められ落城。本庄秀綱は会津へ逃亡
廃城