松平忠輝の家老となった皆川広照が築いた
栃木城とちぎじょう
場所 栃木県栃木市城内町1
旧国郡名 下野国 安蘇郡
別名  
種別 平城
築城時期 1591年(天正19年)
築城背景 家康の六男、松平忠輝の家老となった皆川広照が、不便な山城である皆川城に替わる居城とすべく築城
名城  
主な城主 皆川広照
天守 なし
主な遺構 土塁、堀
主な再建物  
交通 JR両毛線など 栃木駅 徒歩約15分
駐車場 なし
徒歩・登山 栃木駅〜徒歩15分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩15分

本丸の堀

本丸
構成 下野国南部の平地に築かれた平城。

本丸は東西149m、南北133mの広さで、二の丸は本丸の東の東丸と南の南丸のふたつの曲輪の総称で、東丸の東側と南側に三の丸が広がり、蔵屋敷と呼ばれる曲輪もあった。城域の周囲は927mという規模であったが、詳細は不明。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 城域はほとんどが市街化されており、本丸部のみが小さな公園となっており、北西側に水堀の一部が残っている。
略歴
1591年 皆川広照が築城。
1600年 関ヶ原の戦
1603年 主君の松平忠輝信濃国川中島(14万石)に転封されたことに伴い、皆川広照は信濃国飯山(4万石)を加増される。
1609年 皆川広照、主君松平忠輝の不行跡を幕府に訴えるが、家老としての責任を問われ改易に。これにより栃木城は廃城に。