鬼怒川越しに宇都宮を望む芳賀家の支城
飛山城とびやまじょう
場所 栃木県宇都宮市竹下町380
旧国郡名 下野国 芳賀郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1293年頃(永仁元年頃)
築城背景 宇都宮家家臣、芳賀高俊が居城とすべく築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 足利家
天守 なし
主な遺構 土塁、堀、土橋、櫓台
主な再建物 掘立柱建物(模擬)、物見櫓(模擬)、木橋(模擬)
交通 JR宇都宮線 宇都宮駅 徒歩約105分
駐車場 城址公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜T郭
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

大手口の木橋と土塁

V郭とW郭を隔てる2号堀と土塁

W郭の掘立柱建物

2号堀と土塁、1号堀の先端(右側)

城址から望む鬼怒川と宇都宮市街
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構成 下野国中央、やや南東部の、鬼怒川の形成した河岸段丘を利用して築かれた広大な平山城。

北と西は急峻な崖で、最北端にT郭、U郭、V郭を置きそれぞれを堀と土塁で隔てた。
それら主郭の南にW郭が、東にX郭が置かれ、堀と土塁を挟んで広大なY郭が配された。

無防備な城域の東と南は2重の堀と土塁を廻らせ、要所には物見櫓を建てた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 飛山城史跡公園として綺麗に整備され、広大な城域に土塁、堀などのほか土橋、櫓台などが遺構として残っている。

また兵士の宿所であった掘立柱建物や倉庫として利用された中世竪穴建物、物見櫓などの模擬建物が建てられ往時を忍ぶことができる。
略歴
1293年頃 芳賀高俊が、主家である宇都宮家との連携のために築城し、真岡城の支城に。(推定)
(中略)
1512年 芳賀高勝の台頭に危惧を覚えた、主家の宇都宮成綱が高勝を殺害し騒乱が勃発。(宇都宮錯乱)
1514年 芳賀高孝が当主に。
1527年 芳賀高経が当主となり、主家、宇都宮家と対立。
1536年 芳賀高経、壬生家と結び、主家、宇都宮興綱を殺害。
1536年 芳賀高経、宇都宮尚綱との戦に敗れ自害。益子勝宗の子、高定が芳賀家を相続。
1549年 主家の宇都宮尚綱が、五月女坂の戦で戦死。これにより宇都宮城は家老の壬生家が占拠。
芳賀高定は、尚綱の子、弥三郎を真岡城に引き取り養育。
1557年 芳賀高定、飛山城に入城し、北条家や江戸家、佐竹家の援助を受け宇都宮城を奪回、これにより弥三郎(宇都宮広綱)が宇都宮城に入城。
1565年頃 芳賀高定、高経の三男、芳賀高継に家督を譲る
1580年 主家、宇都宮広綱が死没。
1585年頃 芳賀高継、隠居し飛山城に入城。芳賀家の家督は宇都宮時綱が相続し芳賀高武と名乗る。
1590年 小田原城攻めに伴い廃城。