小島に築かれた九鬼水軍の海城
鳥羽城とばじょう
場所 三重県鳥羽市鳥羽3-1
旧国郡名 志摩国 答志郡
別名 二色城、錦城、鳥羽の浮城
種別 平山城
築城時期 1336年(延元元年)
築城背景 織田信長から志摩国一国を拝領し、岩崎山の鳥羽城を居城としていた九鬼嘉隆が、海のそばに拠点を移すべく築城
名城 私の500名城
主な城主 九鬼嘉隆、九鬼守隆、九鬼久隆、内藤家、土井家
天守 3重天守(非現存)
主な遺構 石垣
主な再建物 模型船
交通 近鉄鳥羽線・JR参宮線 鳥羽駅 徒歩約8分
駐車場 鳥羽水族館の有料駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

二の丸と
鬼宿丸(日本丸)の模型(実物大)

本丸の石垣

城跡から見下ろす鳥羽湾・鳥羽水族館
・ミキモト真珠島など
noimage
構成 志摩国北部、鳥羽湾に浮かぶ前島(観音山)に築かれた平山城(水城)。

海から見上げる断崖上に石垣を積んで、その上に本丸、一段下の北西側に広い二の丸を配した。
本丸には3重の天守が築かれ、そのほかにも櫓が12基、城門6基が築かれた。
大手は、城で守るためではなく、海へ進撃することを意識してあえて海側(東側)に開かれた。

鳥羽城の特長のひとつに、海側のみ黒く塗られていたというものがあるが、これは白壁が起こす乱反射による魚類への影響を抑えるためだった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 小島に築かれたものではあるが、現在では北側、西側、南側ともに埋め立てられ陸地となっている。
主郭部は城跡公園となっている。
本丸は鳥羽小学校であったが、2009年に別地に移転している。
石垣の上の本丸や日本丸の実物模型を置く二の丸などを廻ることができる。
本丸から東側の大手に向かう断崖には、何段も重ねたアーチ状の石垣が再建されている。
略歴
1594年 志摩国の支配者、九鬼嘉隆が築城
1597年 九鬼嘉隆が隠居し、子の九鬼守隆が城主に
1600年 関ヶ原の戦では、城主の九鬼守隆が東軍につくが、九鬼嘉隆は西軍につき鳥羽城に立て篭もる
戦後、西軍に与した嘉隆を、子の守隆が徳川家康に助命を嘆願し許されるが、その報せが届く前に九鬼嘉隆が自害
(後略)