愛宕山に築かれた村上地方最大の山城
天童城でんどうじょう
場所 山形県天童市天童4146付近
旧国郡名 出羽国羽前 村上郡
別名 舞鶴城、天童古城
種別 山城
築城時期 1336年(延元元年)
築城背景 北畠天童丸が築城(異説あり)
名城  
主な城主 北畠天童丸、天童家
天守 不明
主な遺構 土塁、櫓台、井戸、空堀
主な再建物  
交通 山形新幹線 天童駅 徒歩約15分
駐車場 舞鶴公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登10分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

愛宕沼と主郭

城跡から見下ろす愛宕沼

主郭へ

主郭の物見櫓台
構成 山形城の北、約2里(8km)にある標高232m、比高約130mほどの愛宕山に築かれた山城。
城域は東西1000m、南北1200mほどで、村上地方最大規模。

山頂部に物見櫓台を伴った主郭を置き、周囲に中央郭、東郭、西郭、南郭、北郭や、それらに付随するように多数の帯郭も配され、大手は南麓に開かれた。

北麓には城沼である愛宕沼があった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は天童公園となっており、愛宕神社が建てられているが、土塁や櫓台などの遺構も残る。

中央郭周辺は舞鶴公園となっており、遺構はない。人間将棋の会場もある。

その他、主郭と東郭間の空堀、主郭の東側の井戸などの遺構が残っている。
略歴
1336年 北畠天童丸が築城(異説あり)
1372年頃 最上氏の攻勢を受け、北畠天童丸が退城
1375年 最上直家の子、頼直が城主となり、天童氏を名乗る
その後天童家は、最上家に対する最上八楯の盟主として繁栄
(中略)
1574年 天正最上の乱(最上家のお家騒動)では、最上義守、伊達輝宗に味方し、最上義光と対立
1577年 最上義光に攻められるが、最上八楯の援軍を得て追い戻す
1579年 天童頼貞が死没、子の天童頼澄(頼久)が12歳で城主に 
1584年 再び最上義光に攻められ、延沢信景などの寝返りもあり落城、これにより廃城