赤松家の山城を平地に再建した
龍野城たつのじょう
場所 兵庫県たつの市龍野町上霞城131付近
旧国郡名 播磨国 揖西郡
別名 霞城
種別 平山城
築城時期 1499年(明応8年)
築城背景 播磨国守護、赤松政則の子、赤松村秀が、標高230mの鶏籠山に築城した山城が始まり。
江戸時代に破却されたものの、その後、麓の丘陵部に平山城として再建された。
名城 私の500名城
主な城主 赤松村秀、赤松政秀、赤松広貞、赤松広秀(斎村政広)、蜂須賀正勝、池田家、本多家、小笠原家、岡部家、京極家、脇坂家
天守 なし
主な遺構 石垣
主な再建物 復元本丸御殿、模擬櫓、模擬門
交通 JR姫新線 本竜野駅 徒歩約20分
駐車場 龍野歴史文化資料館の無料駐車場
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

模擬多聞門と模擬櫓

本丸御殿(復元)

石垣
noimage
構成 播磨国、姫路の西、揖保川の西岸の鶏籠山の南麓の丘陵部に築かれた平山城。
ただし、築城当時の山城は鶏籠山にあった。

石垣積みの御城(本丸)とその東側に付けられた曲輪(二の丸?)程度の、陣屋並の縄張りであった。
縄張図
または
現地
案内図
noimage
現状 歴史文化資料館となっており、本丸御殿が復元されているほか、石垣が遺構として残されている。
また、模擬隅櫓や模擬多聞櫓、模擬門も建てられている。
略歴
1499年 赤松村秀が、標高230mの鶏籠山に築城。
1540年 赤松村秀、死没。子の赤松政秀が城主に。
1570年 赤松政秀が死没(毒殺)。子の赤松広貞が城主に。
????年 赤松広貞が早世。弟の赤松広秀が城主に。
1577年 羽柴(豊臣)秀吉に攻められ降伏。
1581年 蜂須賀正勝が城主に。(5万3千石)
1585年 蜂須賀正勝四国攻めで貢献。この功により、阿波国へ転封される。
その後は羽柴(豊臣)秀吉の家臣が城代を務める。
1600年 播磨国一国を拝領し、姫路城主となった池田輝政の支配下に。(52万石)
1613年 池田輝政が死没。子の池田利隆の支配下に。(42万石)
1616年 池田利隆が死没。子の池田光政が幼くして家督を相続。
1617年 池田光政が因幡国鳥取(32万5千石)へ減封の上、転封。
(中略)
1672年 脇坂安政が城主となり、麓に平山城を築城。(5万3千石)
(中略)
1871年 廃藩置県に伴い廃城。
1