米沢城以前の伊達家主城説もある
舘山城たてやまじょう
場所 山形県米沢市舘山1699付近(登城口)
旧国郡名 出羽国羽前 置賜郡
別名 米沢城(?)
種別 山城
築城時期 鎌倉時代(推定)、
築城背景 鎌倉時代、奥州藤原家の一族、新田冠者経衝が居城とすべく築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 新田家、伊達輝宗
天守  
主な遺構 土塁、空堀、井戸、石積
主な再建物  
交通 JR米坂線 西米沢駅 徒歩約35分
駐車場 専用駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

東館から見た舘山城の主郭部

馬出から主郭への枡形虎口

枡形虎口の石積み

主郭の土塁

主郭

東館の井戸跡
構成 鬼面川と大樽川の合流点、米沢盆地を東に臨む舌状台地の先端を利用して築かれた山城。

比高は約30mで、台地の先端の大手側に馬出曲輪(二の郭)を置き、枡形虎口を通った先に主郭を置いた

主郭の西側には、土塁と堀切を隔てた三の郭を配し、その南側の崖上に物見台を置いた。

東麓の平地は東館と呼ばれ、ここに庭園を伴う主殿があったと推定される。
また北麓にも北舘と呼ばれた平地が広がり、屋敷が建てられていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として発掘整備されており、主郭周辺には石積、土塁、堀切、竪堀などの遺構が残されている。
ただし、台地先端部には東北電力の舘山発電所が建てられている。

また麓の東館からは、庭園跡やいくつもの井戸跡見つかっている。この東館に駐車スペースも完備されている。

伊達家の文献によると、米沢城には断崖を利用した物見台があったことになっているが、平城である米沢城にはそういった地形がないことから、この舘山城こそが伊達家が桑折西山城から出羽に移った際に入城した米沢城ではないか、との説もある。その場合、米沢城で生まれた伊達政宗生誕の地となる。
略歴
(前略)
1548年 伊達晴宗、居城を米沢城に移す
1570年 城主、新田義直が中野宗時とともに伊達家に謀反を起こすが、伊達輝宗により攻め滅ぼされる 
(中略)
1584年 伊達輝宗の隠居所に
1585年 粟之巣の変・高田原の変で、伊達輝宗が死没
1587年 伊達政宗が改修を開始
1591年 惣無事令違反により、伊達家が岩出山へ転封となったことから廃城