キリシタン大名高山右近の居城
高槻城たかつきじょう
場所 大阪府高槻市城内町3
旧国郡名 摂津国 嶋上郡
別名 入江城
種別 平城
築城時期 990年(永祚2年)
築城背景 不詳
名城 私の500名城
主な城主 近藤忠範、入江春継、和田惟政高山友照高山右近、新庄直頼、内藤信正
天守 3重天守(非現存)
主な遺構 門(永井神社)、移築門(本行寺)
主な再建物 模擬天守台
交通 阪急京都線 高槻駅 徒歩約10分
駐車場 しろあと歴史館の駐車場など
徒歩・登山 駐車場〜徒歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

模擬天守台

城址碑

高山右近の像

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構成 摂津国の北東部、淀川と芥川に挟まれた平地に築かれた平城。

本丸を中心とした輪郭式の縄張りで、本丸の北に二の丸、本丸の南に弁財天曲輪、東に厩曲輪と呼ばれる腰曲輪を配し、それら主郭の東と北に広い三の丸、主郭の西には帯曲輪や出丸を置いた。各曲輪間には広大な水堀を配し(3重の堀)、防御の役を務めた。

本丸には3重の天守があった。

高山右近が城主のときに、城下にキリスト教会が建てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸は槻の木高校となっている。
その東にある城跡公園は、厩曲輪や東の三の丸があったあたりで、模擬石垣や模擬天守台のほか、高山右近の銅像が建てられている。しろあと歴史館などもある。

北側の三の丸や出丸は市街化されている。
略歴
990年 平安中期に、豪族近藤忠範が築城
(中略)
1553年 畿内を平定した三好長慶の居城、芥川城の支城となり、家臣の入江春継が城主に
1568年 上洛した織田信長に降伏。(信長の上洛戦
1569年 本國寺の変で、城主、入江春継が戦死
和田惟政が城主に
1571年 城主、和田惟政が白井河原の戦で戦死。幼い和田惟長があとを継ぐ
高山友照高山右近父子が和田惟長を追い、城主に
1576年 城下にキリスト教会を建設
1578年 荒木村重織田信長に謀反を起こすと、高山友照は村重に従うことを主張するが、高山右近は独断で信長に降伏
高山友照越前国へ追放され、高山右近は許され城主として留まる
1581年 イタリアの巡察師ヴァリニャーノを迎えて復活祭を開く
1582年 本能寺の変後、城主高山右近羽柴(豊臣)秀吉に従う
1585年 高山右近播磨国へ転封
羽柴(豊臣)秀吉の直轄に
1595年 新庄直頼が城主に(3万石)
1600年 関ヶ原の戦で、城主、新庄直頼は西軍につく
戦後は徳川氏の直轄に
1615年 内藤信正が城主に(4万石)(初代高槻藩主)
(後略)