高遠家のあと諏訪家を継いだ武田勝頼が入城した
高遠城たかとおじょう 別名:兜山城
場所 伊那市高遠町東高遠2296付近
旧国郡名 信濃国 伊那郡
別名  
種別 平山城
築城時期 ????年(????年)
築城背景 諏訪一族、高遠家が、居城とすべく築城したと推定。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 高遠頼継保科正俊秋山信友武田勝頼、武田信廉(逍遙軒信綱)、仁科信盛、毛利秀頼、保科正光、保科正之
天守 なし
主な遺構 堀、石垣、藩校
主な再建物 太鼓櫓、模擬天守、模擬門
交通 JR飯田線 伊那市駅 バス約30分
駐車場 城址公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

本丸跡の問屋門(移設)

再建された太鼓櫓

伝、大手門(移設)

本丸と法憧院曲輪の間の堀
構成 甲斐国との国境の駒ヶ岳の北西、月誉山の丘陵に築かれた平山城。
三峰川と藤沢川の合流地点である。

段丘の突端近くに本丸を置き、その東に二の丸、二の丸の南側に南曲輪と法幢院曲輪、本丸西側には山本勘助が縄張りした勘助曲輪などを配した。

これら主郭の北側には広大な三の丸が広がり、西に大手門、東に搦手門を開いていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 高遠城址公園となっており、桜の名所として名高い。

城内には藩校の進徳館が残り、太鼓櫓が再建されている。

空堀などの遺構も綺麗に残されている。
略歴
????年 高遠家が築城
1545年 武田信玄に攻められた高遠頼継が降伏開城
信玄の家臣、秋山信友山本勘助が大改修し、保科正俊が城主に
1551年 保科正俊が城主に
1556年 秋山信友が城主に
1562年 諏訪家を継いだ、武田信玄の四男、諏訪(武田)勝頼が城主に
1570年 諏訪(武田)勝頼武田信玄の後継者(嗣子)となり、躑躅ヶ崎館に移ったことから、信玄の弟、武田信廉(逍遙軒信綱)が城主に
1581年 武田勝頼の弟、仁科信盛が城主に
1582年 織田信長の武田攻め(天目山の戦)が始まり、信長の嫡男織田信忠の5万の大軍に攻められ落城。城内にいた3千は全て討ち死に
織田信長家臣、毛利秀頼が城主に
本能寺の変
武田の旧臣、木曾義昌が攻めこみ占領
(中略)
1600年 保科正光が城主に(3万石)
1631年 保科正光、死没
保科正之が城主に(3万石)
(後略)