諏訪湖畔に築かれた浮城
高島城たかしまじょう
場所 長野県諏訪市高島1-20付近
旧国郡名 信濃国 諏訪郡
別名 諏訪の浮城
種別 平城
築城時期 1592年(天正20年)
築城背景 豊臣秀吉から諏訪2万7千石を拝領した日根野高吉が築城し、北東の茶臼山にあった旧高島城(茶臼山城)を廃して、居城とした。
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 日根野高吉、諏訪頼水
天守 3重5階(非現存)
主な遺構 石垣、堀
主な再建物 3重5階天守、隅櫓、城門、塀
交通 JR中央本線 上諏訪駅 徒歩約15分
駐車場 高島公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

高島城再建天守

二重櫓、内堀、再建天守

冠木門

本丸、天守台の石垣
構成 諏訪湖に突き出た小島に築かれた、総石垣の平城。

城地の西側は諏訪湖、東側も諏訪湖が回りこんでおり、まさに水に囲まれた浮き城であった。

本丸の北西部(諏訪湖寄り)には3重5階の天守と、それに続く小天守、2重の角櫓(隅櫓)、持方月見櫓、富士見櫓が置かれ、本丸御殿が建てられた。

本丸の北、東、西を取り囲むように二の丸が置かれ、その北には三の丸を、さらにその北側に衣之渡郭を配した連郭式の縄張り。衣之渡郭の東側に大手門が開かれた。

また、主郭の南東に南の丸が置かれた。

各曲輪は、三の丸川や衣之渡川や、諏訪湖の水を引き込んだ内堀で区切られた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 江戸時代の干拓により城地は陸地に囲まれてしまっており、往時はすぐそばにあった湖岸は1kmほど遠ざかっている。

本丸跡は高島公園として整備され、3重の天守や2重の隅櫓、門、塀などが再建されている。
二の丸、三の丸の跡は市街となっている。
略歴
1592年 豊臣秀吉から諏訪2万7千石を拝領した日根野高吉が築城し居城に
1601年 徳川家康から、祖先の旧領を与えられた諏訪頼水(武田信玄に滅ぼされた諏訪頼重の従弟の子)が城主に
その後、明治維新まで諏訪家が諏訪藩主を務める