交通の要地に築かれた平城
高崎城たかさきじょう
場所 群馬県高崎市高松町35付近
旧国郡名 上野国 片岡郡
別名 和田城
種別 平城
築城時期 1597年(慶長2年)
築城背景 元は、和田家の居城である和田城があった場所で、徳川家康の関東移封にともない箕輪12万石と箕輪城を拝領した井伊直政が、三国街道と中山道の交わる交通の要地である当地を高崎と改め、和田城跡に近世城郭を築いて居城とした。
名城 私の500名城
主な城主 和田家、井伊直政
天守 天守替わりの御三階櫓(非現存)
主な遺構 土塁、堀、乾櫓(移築)、東門(移築)
主な再建物  
交通 JR信越線・上越線など 高崎駅 徒歩約10分
駐車場 城址地下の有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩2分〜乾櫓
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩2分

高崎城乾櫓(移築)

城址碑
構成 上野国南部の平地を流れる烏川が削った断崖上に築かれた平城。

周囲を内堀に囲まれた本丸には3重の天守と4つの隅櫓が置かれていた。

本丸の東側に、馬出のような小さな梅の木郭、それを取り囲むように二の丸、本丸の南に西の丸、本丸の西に西郭、本丸の北に榎郭などを配置した輪郭式の縄張りであった。
三の丸は二の丸の東側に堀を隔てて広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 ほとんどの城域が市街化されており、主郭部は保健所や市役所、病院、学校などとなっており、三の丸の土居や外堀がわずかに残る遺構である。

三の丸の一部は史跡公園となっており、本丸の北西隅にあった乾櫓が、場所を移してここに再建されている。また、三の丸東門も再建されている。
このふたつの建物は、明治時代に一旦民間に払い下げられていたものを移築、それを元に再建された。
略歴
1597年 上野国内に12万石と箕輪城を拝領していた井伊直政が築城
1601年 井伊直政が、近江国佐和山城へ転封
1604年 酒井家次が城主に。(5万石)
(後略)