遠江最北端に位置する奥山家の山城
高根城たかねじょう
場所 静岡県浜松市天竜区水窪町地頭方184(登城口)
旧国郡名 遠江国 周智郡
別名 久頭郷城、久頭合城
種別 山城
築城時期 1414年頃(応永年間)
築城背景 南北朝時代、地元の国人、奥山家が、後醍醐天皇の孫である伊良親王を当地にて守るために築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 奥山家
天守 なし
主な遺構 堀切、土塁
主な再建物 模擬井楼櫓、模擬大手門、模擬土塀、模擬木橋
交通 JR飯田線 向市場駅 徒歩約10分
駐車場 専用無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る10分〜本曲輪
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

本曲輪跡の模擬大手門と模擬土塀

模擬井楼櫓

城跡から見下ろす水窪の町

模擬土塀

堀切に架かる模擬木橋
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構成 遠江国最北部の水窪の町、遠江国信濃国を結ぶ秋葉街道と水窪川を見下ろす標高420m、比高150mの三角山に築かれた山城。

南北に伸びる尾根を平削し、北から本曲輪、二の曲輪、三の曲輪を並べ土塁を巡らせ堀切で隔てた。

三の曲輪の南側、城内と城外を隔てるために土塁を挟んで二重の堀切が切られた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡として整備・発掘調査され、堀切、土塁などの遺構が残されているほか、模擬の井楼櫓、大手門、土塀、木橋などが建設されており、山間の在地に築かれた中世山城のしくみがよくわかる。
略歴
1414年頃 地元の国人、奥山家が、後醍醐天皇の孫である伊良親王を当地にて守るために築城(推定)
(中略)
1490年頃 奥山家、駿河国の今川家に属す
(中略)
1568年 武田信玄が今川家の本拠、駿府に攻め入る(駿府攻め
1569年 武田信玄に属す信濃国の遠山土佐守や、同族の奥山定茂に攻められ、城主、奥山貞益が討ち死に
1572年 武田信玄が3万の大軍による上洛戦を開始すると、武田家に属す
三方ヶ原の戦
1573年 武田信玄死没
1575年 長篠の戦で、武田勝頼織田信長徳川家康連合軍に大敗
1576年頃 廃城