玉藻の浦に築かれた海城
高松城たかまつじょう
場所 香川県高松市玉藻町
旧国郡名 讃岐国 香東郡
別名 玉藻城
種別 平城
築城時期 1590年(天正18年)
築城背景 讃岐国を拝領した生駒親正が、引田城、聖通寺城に替わる居城とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 生駒親正、生駒一正、生駒正俊、生駒高俊、松平頼重、松平頼常
天守 3重5階天守(非現存)
主な遺構 櫓、門、石垣
主な再建物 御殿
交通 JR予讃線 高松駅 徒歩約7分
駐車場 玉藻公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

北の丸月見櫓と渡櫓(移築)

旧太鼓櫓跡に建つ艮櫓(移築)

大正時代に再建された
三の丸御殿(披雲閣)

修理中の本丸石垣と内堀
構成 讃岐国中央北部、玉藻の浦の眼前に築かれた平城。

3重5階天守のあげられた本丸を内堀で囲み、その周囲に曲輪を配した輪郭式の縄張り。

本丸の北側に二の丸を置き鞘橋を渡し、二の丸の東に三の丸、二の丸の西に西の丸、本丸の南には桜の馬場と呼ばれた広大な曲輪を置いた。

後に三の丸の北に北の丸、東に東の丸が増築され、北の丸には隅櫓である月見櫓、水手御門、渡櫓、鹿櫓が建てられ、東の丸には米蔵、艮櫓、巽櫓が建てられた。

それら主郭の外は、北側は海が迫り、東から西へは中堀を廻らせた。

さらにその外側には武家屋敷が広がり、それを外堀で囲み、外堀の外側は町屋とされた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は玉藻公園として整備されており、北の丸の月見櫓、水手御門、渡櫓などが移築再建されているほか、東の丸の艮櫓が、桜の馬場の太鼓櫓のあった場所に移築され残っている。

三の丸には、大正時代に再建された御殿、披雲閣が建っている。

本丸は改修中。(2011年現在)
略歴
1590年 讃岐国(17万6千石)を拝領した生駒親正が、引田城、聖通寺城に替わる居城とすべく築城。高松城と命名。
縄張りは、黒田官兵衛が務めた。
1600年 関ヶ原の戦で、生駒親正は西軍に付くが、子の生駒一正が東軍に付いたため、戦後は所領を安堵される。
生駒親正は家督を子の生駒一正(丸亀城主)に譲り、高野山へ蟄居。
1603年 生駒親正が死没。
1610年 生駒一正が死没。子の生駒正俊が城主に。
1621年 生駒正俊が死没。
1633年 生駒騒動勃発。
1640年 生駒家が改易。
(後略)