逸見水軍の拠点となった海城
高浜城たかはまじょう
場所 福井県大飯郡高浜町事代6-1付近
旧国郡名 若狭国 大飯郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1565年(永禄8年)
築城背景 若狭国守護の武田氏に対立し、居城の砕導山城を落とされた逸見昌経が、水軍を活かしての巻き返しを図るため築城
名城  
主な城主 逸見昌経、溝口秀勝、山内一豊、木下利房、京極家
天守 なし
主な遺構 土塁
主な再建物  
交通 JR小浜線 若狭高浜駅 徒歩約18分
駐車場 城山公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

高浜漁港から見た高浜城

空堀跡

城跡から望む若狭湾と
若狭富士(青葉山)
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構成 若狭国の西部、若狭湾に突き出た小半島に築かれた平山城(海城)。

丘陵部の本郭と平地部の二の丸からなる主郭は、南側を除いて海に囲まれ、弱点である南側は堀を穿ち、その南側に三の丸が広がっていたと推定される。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城域全体が城山公園となっており、主郭部には逸見家を祭った濱見神社が建てられている。
略歴
1565年 逸見昌経が築城
1566年 逸見昌経、水軍を率いて武田義統と戦うが敗北
1567年 逸見昌経、織田信長に誼を通じる
1570年 逸見昌経、織田信長に従い越前国朝倉義景攻めに参陣
1581年 城主、逸見昌経死没
信長の家臣、溝口秀勝が城主に。(5千石)
1583年 溝口秀勝、加賀国大聖寺に転封
山内一豊が城主に。(5千石)
1585年 山内一豊近江国長浜に転封
木下利房が城主に。(2万石)
1600年 木下利房、関ヶ原の戦で西軍についたことから改易
若狭国一国8万5千石を拝領した京極高次の支配下となり、家臣の佐々義勝が城代に
(後略)