琉球王国の栄華を示す巨大グスク
首里城しゅりじょう
場所 沖縄県那覇市首里当蔵町3
旧国郡名 琉球国 本島中山(中部)
別名 御城(うぐしく)
種別 山城
築城時期 14世紀末頃
築城背景  
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 尚氏
天守 なし
主な遺構 城壁、石門、石垣
主な再建物 御殿
交通 ゆいレール 首里駅 徒歩約12分
駐車場 専用有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登5分〜正殿
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

守礼門

久慶門(手前)と左奥(歓会門)

正殿

日影台(日時計)

廣福門

高石垣
構成 沖縄本島の南部、那覇港の東の丘陵に築かれたグスク(城)で、琉球王国の主城。

中国の城の影響を強く受けており、縄張りとしては内郭と外郭からなり、曲線を描く城壁が取り囲んでいた。

御殿や城門などの建造物は漆による朱塗りで、屋根瓦も朱塗りの琉球瓦が使用された。

最高所に建てられた2層3階建ての正殿は荘厳で、1階は政務処、2階は国王家族の居住空間、3階は通期のための屋根裏部屋として使用された。

正殿の正面には御庭(うなー)と呼ばれる石畳の中庭があって、各種儀式や中国からの使節を迎える際に使用された。

その他の建造物としては北殿、南殿・番所、書院・鎖之間などがあった。

また城内には祭祀を行うための施設、御嶽(みたき)が10ヶ所あるなど、琉球王国の聖域となっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 首里城公園として整備され、世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」となっている。

専用の大きな駐車場から徒歩3分ほどで守礼門に到着し、そこから正殿までは2分ほど軽い登りとなる。

正殿やその周辺は有料となっている。

正殿や守礼門などの建造物は、全て昭和になってから再建されたもので、遺構としては石垣や石門が残っている。
略歴
  築城時期は不詳
(中略)
1429年 尚巴志が三山(本島全て)を統一し、琉球王朝が成立
この頃、琉球王朝の主城に
1439年 尚巴志王が死没。尚忠王が琉球王に
1444年 尚忠王が死没。尚思達王が琉球王に
1449年 尚思達王が死没。子がなかったことから、叔父の尚金福王が琉球王に
1453年 尚金福王が死没
後継ぎ争い(志魯・布里の乱)が起こり、城は壊滅
その後、再建
(中略)
1660年 2度目の消失
その後、再建
1709年 3度目の消失
1715年 再建
(後略)