松尾城に向かい合う、鈴岡小笠原家の居城
鈴岡城すずおかじょう
場所 長野県飯田市駄科1709付近
旧国郡名 信濃国 伊那郡
別名  
種別 平山城
築城時期 室町時代初期
築城背景 信濃国守護、小笠原宗貞の子、小笠原宗政が居城とすべく築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 鈴岡小笠原家
天守 なし
主な遺構 空堀、土塁
主な再建物  
交通 JR飯田線 駄科駅 徒歩約25分
駐車場 松尾鈴岡公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登2分

空堀

空堀

空堀 

空堀
構成 信濃国下伊那、天竜川の支流、大井川と毛賀沢川に挟まれた河岸段丘に造られた平山城。

城域は東西450m、南北300mの規模で、本丸を中心に、北に出丸を、南に二の丸を、二の丸の西に外郭(的場)を、さらにその北側に外郭(荒小屋)を配し、それぞれを空堀で隔てた。

北の毛賀沢川を挟んだ丘陵は、同じ小笠原家の一族、松尾家の居城、松尾城である。
縄張図
または
現地
案内図
現状 松尾鈴岡公園となっているが、空堀や土塁の一部が残されている。

本丸は展望台や四阿がある公園、二の丸は運動広場や遊具公園、外郭(的場)は第3駐車場となっている。
略歴
1350年頃? 守護、小笠原貞宗の子、小笠原宗政が築城(推定)(鈴岡小笠原家)
(中略)
1441年 嘉吉の乱をきかっけに、三家が対立。(深志小笠原家、松尾小笠原家、鈴岡小笠原家)
1461年 叔父で、鈴岡家を継いでいた小笠原光康の死後、小笠原政宗が家督を相続
1467年 小笠原政宗、惣領家を攻め惣領家を乗っ取る
1473年 小笠原政宗、幕府から守護職を拝命
  (中略)
1493年 小笠原政宗、小笠原貞基や知久氏に暗殺される(鈴岡家の滅亡)
  (中略)
1534年 小笠原信定が城主となり、鈴岡家を再興
1554年 武田晴信(信玄)に攻められ敗北、京都へ落ち延び三好家を頼る
(後略)