諏訪大明神を祭った武田勝頼の城
諏訪原城すわはらじょう
場所 静岡県島田市城山1172付近
旧国郡名 遠江国 榛原郡
別名 牧野城、牧野原城、諏訪之原城、扇城
種別 山城
築城時期 1573年(天正元年)
築城背景 甲斐国を継いだ武田勝頼が、遠江国攻略の拠点として馬場信春に命じて築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 馬場信春(城代)、今福浄閑(城番?)、今川氏真、松平家忠(城番)
天守 なし
主な遺構 天守台、堀、空堀、土塁、土橋、井戸
主な再建物  
交通 JR東海道線 金谷駅 徒歩約25分
駐車場 城跡の無料駐車場
徒歩・登山 韮山駅〜徒歩7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩7分

諏訪原城の天守台

三の丸南の丸馬出に
建てられている諏訪神社

三号堀(二の丸・帯郭の外側)

四号堀(三の丸の外側)越しに見る
二の丸と土橋
構成 遠江国駿河国との国境を流れる大井川を東に見下ろす、牧之原台地の東端に築かれた山城。

城域の北東部に天守台のある本丸を置き、それを要とする形で空堀を隔てた外側に北曲輪(二の丸)、中曲輪(三の丸)を配し、さらに空堀を隔てて乾郭、馬場郭、大手郭などを配した。

西側の台地からの比高がないため、大小あわせ20ほどの堀・空堀を巧みに配し曲輪を防御するとともに、主要な虎口には三日月堀で守った馬出しを配するなど、武田家の築城術をふんだんに取り入れた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 各曲輪跡や深くて広い空堀、土橋などが綺麗に残っており、中世城郭ファンには大変魅力的な城跡。城内は見学ルートが設けられており、30分ほどで廻ることができる。

本丸は未整備であるが、一段高い部分が天守跡(櫓台)と推定されている。
見学した際は、二の丸を中心に発掘調査中であった。
三の丸の南にある丸馬出しには諏訪神社の社殿が建てられている。
略歴
1573年 武田信玄病没
甲斐国を継いだ武田勝頼が、徳川家康の支配下である遠江国攻略の拠点として馬場信春に命じて築城
その後、家臣の今福浄閑斎が城主に
1574年 武田勝頼、徳川方の高天神城を攻略(高天神城の戦(第一次)
1575年 長篠の戦武田勝頼が大敗し、遠江国から撤退
徳川家康に攻められ、2ヶ月籠城するが、8月、今福浄閑斎が討ち死に落城
1576年 徳川家康が牧野城と改名し、今川氏真を城主に据え、松平家忠らを城番に
1577年 今川氏真、城主を解かれる
1582年 武田家滅亡(天目山の戦
1590年 役割(武田家の監視)がなくなったことなどから廃城