佐々攻めの際の秀吉の本陣
白鳥城しらとりじょう
場所 富山県富山市吉作4103付近(登城口)
旧国郡名 越中国 射水郡
別名 呉服山城、五福山城
種別 山城
築城時期 平安時代後期(?)
築城背景 1183年の般若野の戦で、源義仲の重臣、今井兼平が、平氏勢を迎え撃つために陣を張ったのが始まり(推定)
名城 私の500名城
主な城主 今井兼平、神保家、岡嶋一吉
天守 不明
主な遺構 土塁、空堀、堀切
主な再建物 模擬橋
交通 JR高山本線 西富山駅 徒歩約30分
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登3分

北二の丸

北二の丸と本丸の間の空堀

本丸の土塁

二の丸
構成 神通川の西、北東から南西へ長く伸びる呉羽丘陵のほぼ中央、標高145mの最高所に築かれた山城。

本丸には天守台も置かれ土塁や空堀で囲み、その本丸を包み込むように北に本丸外郭、北二の丸、北の丸東の段下に二の丸、三の丸、西の段下に西一の丸、西二の丸を配した。

さらに三の丸の先には東出丸を、西二の丸の先には西出丸を配した。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城山公園として整備されており、空堀、土橋、土塁などが残されている。

複雑な縄張りは満足度が高いが、空堀はかなり藪化が進んでおり残念。
略歴
  義仲四天王のひとり、今井兼平が陣を張る
  (中略) 
1578年頃 この頃、神保八郎左衛門が居城に(詳細不明) 
  その後、佐々成政富山城の支城に
1585年 佐々成政攻めの際の羽柴(豊臣)秀吉の本陣となる(異説有り)
佐々成政羽柴(豊臣)秀吉に降伏、新川郡のみ安堵されたため、それに対する前田氏の前線基地として岡嶋一吉が築いた安田城の詰城として機能
1587年 佐々成政肥後国へ転封、新川郡は豊臣秀吉直轄に
1597年 前田利長富山城を居城としたことに伴い、家臣の岡嶋一吉が安田城城主に
1599年 前田利家が死没、前田利長金沢城に戻ると岡嶋一吉も金沢へ戻る
平野三郎左衛門が安田城代に
(後略)