武田勝頼が信長への備えに築いた城
新府城しんぷじょう
場所 山梨県韮崎市中田町中條4787
旧国郡名 甲斐国 巨摩郡
別名 韮崎城
種別 平山城
築城時期 1581年(天正9年)
築城背景 尾張国織田家、三河国徳川家、相模国北条家と周囲を敵に回した武田勝頼が、無防備な躑躅ヶ崎館に替わる本城として築城。
普請奉行は真田昌幸が務めた。
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 武田勝頼
天守 なし
主な遺構 堀、土塁、三日月堀
主な再建物  
交通 JR中央本線 新府駅 徒歩約15分
駐車場 東堀跡の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

東堀跡からの新府城

本丸跡の藤武稲荷

城域から見下ろす釜無川流域

本丸の虎口
構成 甲府から信州に向かう甲州街道沿いの断崖、七里岩に築かれた山城。
西には釜無川が流れている。

釜無川に面した側は切り立った崖で、山頂部に本丸、二の丸、少し下に腰曲輪、帯曲輪、さらに下に三の丸を配した。
三の丸の入り口、大手門の前面には三日月堀を、本丸の北側には東堀、中堀、西堀の3つの堀を穿つなど、防備面を重視した構成であったが、急普請であっためか石垣は一切使用されなかった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 東堀跡にある駐車場から城跡を廻ることができる。
本丸には藤武稲荷が建てられており、遺構としては堀、土塁、三日月堀などがある。
略歴
1581年 武田勝頼が無防備な躑躅ヶ崎館に替わる本城として築城
1582年 天目山の戦で武田家滅亡
本能寺の変後、徳川家康の軍勢が一時入城し、甲斐国への進出を目指す北条家と対峙。
天正壬午の乱
1590年 北条家の滅亡
これにより戦略的意味を失い、廃城