丹鶴城とも呼ばれた熊野川河口の城
新宮城しんぐうじょう
場所 和歌山県新宮市新宮7690付近
旧国郡名 紀伊国 牟婁郡
別名 丹鶴城
種別 平山城
築城時期 1618年(元和4年)
築城背景 和歌山城浅野幸長の家臣で新宮領を拝領した、浅野忠吉が築城
名城 続日本100名城  私の500名城
主な城主 浅野忠吉、水野重仲、水野重良、水野重上
天守 3重5階天守(推定)(非現存)
主な遺構 石垣、天守台、井戸
主な再建物  
交通 JR紀勢本線 新宮駅 徒歩約8分
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登2分

鐘ノ丸(左上)と本丸(右上)

鐘ノ丸の石垣

本丸の虎口

天守台

本丸から見下ろした水の手

二の丸
構成 紀伊国東端、熊野川(新宮川)の河口そばの小さな丘陵、丹鶴山に築かれた総石垣による近世平山城。

北を流れる熊野川(新宮川)を天然の堀とし、南側は東西135m、南北81mほどの堀で防御した。

丹鶴山の最高所に本丸を置き、西に鐘ノ丸、松ノ丸を、北には出丸を連結した。
本丸のほぼ中央に天守台があり、3重5階の天守があげられていたという。

西の山麓には政庁のある二の丸や下屋敷を、北の熊野川そばの低地には水の手(曲輪)が置かれ、ここにあった船着き場は備長炭出荷の拠点となっていた。

大手は二の丸の北側に開かれていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は新宮城跡公園として整備されており、算木積みや切り込みハギの石垣や井戸などの遺構が残っている。

二の丸は幼稚園となっている。大手口は住宅地となっていて進入できない。
南の堀は埋め立てられ市街地となっている。
略歴
1601年 浅野忠吉が築城開始
1615年 一国一城令により、一旦築城を中止
1618年 築城を再開
1619年 完成前に浅野家が安芸国広島(42万石)へ転封となると、浅野忠吉も備後国三原(3万石)へ移る。(三原城代)
徳川頼宣が和歌山城主(55万5千石)となり、付家老の水野重仲が城主に(3万5千石)
(後略)