島原の乱を招いた松倉家の居城
島原城しまばらじょう
場所 長崎県島原市城内1-1183
旧国郡名 肥前国 高来郡
別名 高来城、森岳城
種別 平山城
築城時期 1624年(寛永元年)
築城背景 有馬家に替わって日野江藩主となった松倉重政が、日野江城に替わる居城として築城
名城 日本100名城 私の500名城
主な城主 松倉重政、松倉勝家、高力忠房
天守 独立型層塔式5重5階天守(非現存)
主な遺構 石垣、堀
主な再建物 再建天守、再建丑寅櫓、再建巽櫓、再建西櫓(外観復元)
交通 島原鉄道線 島原駅 徒歩約10分
駐車場 本丸の有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜すぐ〜天守
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

再建5重天守

西櫓(外観復元)と眉山

丑寅櫓(再建)

堀と本丸石垣

本丸と二の丸の間の堀

武家屋敷と水路
構成 肥前国島原半島の東、有明海を望む台地(森岳)に築かれた石垣造りの近世平山城。

縄張りはほぼ長方形で、本丸と北に続く二の丸を水堀を囲み、その北に三の丸を繋げ、さらにそれらの周囲には練塀に囲まれた外郭が広がり、練塀の延長は4kmに及んだ。

本丸には独立型層塔式5重5階天守があげられ、城内には西櫓、巽櫓、丑寅櫓など計49基の櫓があげられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸は島原城跡公園となっており、5重天守や丑寅櫓、巽櫓、西櫓が再建されている。

天守は歴史資料館に、丑寅櫓は民具資料館に、巽櫓は長崎平和祈念像で知られる彫刻家、北村西望美術館となっているほか、雲仙普賢岳の噴火を伝える復興記念館も本丸内に建てられている。

また二の丸は文化会館に、三の丸は小学校や高校となっている。

さらに外郭の周囲には武家屋敷が点在しており、特に三の丸の西側の鉄砲町には、中央に水路がある400mの街路とその両脇に建ち並ぶ屋敷群が残されており、武家屋敷街並み保存地区に指定されている。
略歴
1624年 松倉重政が築城し居城に(4万石)
1630年 松倉重政が死没し、子の松倉勝家が藩主に(4万石)
1637年 松倉家の圧政により島原の乱が勃発
1638年 島原の乱が平定され、松倉家は改易に
高力忠房が藩主に(4万石)
(後略)