南会津、愛宕山の斜面に築かれた
鴫山城しぎやまじょう
場所 福島県南会津郡南会津町田島根小屋甲4240付近(登城口)
旧国郡名 陸奥国岩代 会津郡
別名 南山城、田島城
種別 山城
築城時期 1400年前後(?)
築城背景 南会津の領主、長沼家が築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 長沼家
天守  
主な遺構 空堀、土塁、井戸
主な再建物 復元石垣
交通 会津鉄道 会津田島駅 徒歩約10分
駐車場 旧会津郡役場の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜歩3分〜侍屋敷〜登5分〜上千畳(主郭)
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

大門(大手門)の石垣虎口(復元)

大門横の空堀

御平庭(役所跡)

嗽清水(うがいしみず)

二重土塁
 
構成 陸奥国岩代会津郡のほぼ中央、標高700mの愛宕山とその北麓に築かれた、根小屋式の山城。

城域は、山頂から山腹の詰城、中腹から麓付近の内郭(内城)、麓の根小屋の3つから構成されていた。

詰城は戦国時代の本丸にあたり、いくつもの曲輪が配された。

内郭は、石垣の大門(大手門)から上の部分で、主郭である上千畳、その段下の下千畳、御花畑、嗽清水(水の手曲輪)、御平庭、矢倉台などの曲輪から構成された。

根小屋には侍屋敷が建てられた。

城域の東は、二重土塁で防御された。
縄張図
または
現地
案内図
現状 公園として整備されており、大門(大手門)の石垣虎口が復元されているほか、各曲輪、井戸、二重土塁などの遺構が残されている。

山城の本丸跡には愛宕神社が建てられており、遊歩道を30分ほど登ることになる。
略歴
1400年前後 長沼家が築城(推定)
(中略)
1459年 山内越中と白川家によって攻略される
(中略)
1502年 城主、長沼政義、下野国へ侵出し小山一族の橘家を攻め滅ぼし、塩原城を奪う
1509年 長沼政義、片角戦萱の戦で宇都宮成綱に大敗し、会津へ退く
1521年 この頃から長沼家は、黒川城(会津若松城)主の蘆名家と抗争
1550年前後 長沼家、蘆名盛氏に臣従
1589年 蘆名家が滅亡(摺上原の戦)。城主、長沼盛秀は伊達政宗に臣従
1590年 奥州仕置により、蒲生氏郷の家臣、小倉行春が城主に(6300石)
1598年 上杉景勝の支配下となり、直江兼続の弟、大国実頼が城代に
1600年 関ヶ原の戦
  蒲生秀行の支配下となり、小倉行春が城代に
1627年 加藤嘉明の支配下となり、廃城