梅北一揆で落とされた加藤家、南の拠点
佐敷城さしきじょう
場所 熊本県葦北郡芦北町佐敷76付近(登城口)
旧国郡名 肥後国 葦北郡
別名 佐敷花岡城
種別 平山城
築城時期 1588年頃(天正16年頃)
築城背景 肥後国北部を領した加藤清正が、飛地である当地の、旧佐敷城の西に支城として築城
名城 私の500名城
主な城主 加藤重次(城代)、加藤重季(城代)
天守 3重天守(詳細不明)(非現存)
主な遺構 石垣、堀切
主な再建物  
交通 肥薩おれんじ鉄道 佐敷駅 徒歩約25分
駐車場 無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登2分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登2分

北麓から見た佐敷城

搦手門の虎口

二の丸

本丸下の犬走り

本丸

佐敷川河口と有明海方面を望む
構成 肥後国南西部、薩摩国との国境そばの要衝、佐敷にある標高88mの花岡山に築かれた総石垣造りの平山城。

城の東から北を巡って西の有明海へ注ぐ佐敷川に包まれるような地に位置し、南北200m、東西100m程度の規模であった。

北側の最高所には天守台を伴った本丸が配され、南側の段下に二の丸と三の丸を直線上に配した。

大手は二の丸の東に、搦め手は本丸の北西へ開かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡公園となっており、国の史跡として整備されている。

発掘されるまでは存在が知られていなかった石垣も、現在では麓からも見ることができる。

小規模ながらしっかりと縄張りされら総石垣の近世平山城を、充分に堪能できる。

城跡からは有明海(野坂の浦)が望めるなど眺望も良い。
略歴
1588年頃 加藤清正が、飛地である当地の、旧佐敷城の西に熊本城の支城として築城し、家老の加藤重次を城代に
1592年 文禄の役(朝鮮出兵)に出陣中、島津家家臣、梅北国兼が一揆を起こし、一時城を占領(梅北一揆)
1600年 関ヶ原の戦の際、西軍の島津忠長に包囲されるが1ヶ月の籠城に成功
1615年 一国一城令により廃城