盆地を見下ろす真田家の本拠
真田本城さなだほんじょう
場所 長野県上田市真田町長5096付近
旧国郡名 信濃国 小縣郡
別名 松尾城、真田城、住蓮寺城
種別 山城
築城時期 1535年頃(天文4年)
築城背景 真田幸隆が築いて、麓の居館から本拠を移したと推定される。
名城  
主な城主 真田幸隆真田信綱真田昌幸
天守 不明
主な遺構 土塁
主な再建物  
交通 JR長野新幹線 上田駅 バスなど利用
駐車場 城域そばに無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

真田本城の本郭

本郭の土塁

本郭から望む戸石城
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構成 真田盆地の北東にある、標高895mの馬蹄状の山裾を利用して築かれた山城。

南北に伸びる尾根の最南端に置かれた本郭の南側には高さ2mの土塁が築かれ、段差をつけながら北へ向かって二の郭、三の郭と並べた連郭式の縄張り。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城址となっており、主郭近くには駐車場もある。
戸石崩れの舞台となった、小縣の堅城、戸石城を遠望できる。
略歴
1535年頃 真田幸隆が築城(または修築)し居城に。(推定)
1541年 甲斐国武田信虎や、村上義清諏訪頼重らに攻められ本領を失い、上野国の関東管領上杉憲政の家臣長野業政の元に逃れる。(海野平の戦)
1546年頃 真田幸隆甲斐国武田晴信(信玄)に降り、家臣となる
1551年 真田幸隆、調略により村上義清の戸石城を奪う
1553年 真田幸隆、塩田城にいた村上義清を追い、旧領上田を回復し真田本城に復帰
1561年 第四次川中島の戦
1563年 真田幸隆上杉謙信方の岩櫃城(上野国)を攻略
1567年 真田幸隆が隠居し、子の真田信綱が城主に
1572年 主君の武田信玄上洛戦を開始
1573年 武田信玄病死
1574年 真田幸隆、死没
1575年 長篠の戦で、城主の真田信綱と弟の真田昌輝が戦死
弟の真田昌幸が家督を相続し城主に
1578年 上杉謙信の死後、甲越同盟が成立
これを受け真田昌幸上野国の北条領に侵入し沼田城などを奪う
1582年 主君、武田勝頼が織田・徳川軍に追われ自害し(天目山の戦
真田昌幸織田信長にくだり本領を安堵され、滝川一益の配下となる
本能寺の変後、真田昌幸北条氏直に降る
天正壬午の乱の際、真田昌幸徳川家康に寝返る
1583年 真田昌幸信濃国上田城を築き居城に
廃城