土井利勝が完成させた下総の名城
佐倉城さくらじょう
場所 千葉県佐倉市城内町
旧国郡名 下総国 印旛郡
別名 鹿島城、鹿島台城
種別 平山城
築城時期 1610年(慶長15年)
築城背景 千葉家が築城を断念していた当地が江戸の東の抑えとして有効であることから、徳川家康の命により、佐倉藩主土井利勝(3万2千石)が築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 土井利勝、石川家、松平家、堀田家
天守 天守替わりの3重4階櫓
主な遺構 堀、空堀、土塁
主な再建物  
交通 京成本線 京成佐倉駅 徒歩約25分
駐車場 歴史民族博物館の駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩5分

佐倉城の遠景

本丸曲輪と天守台(奥の台状の曲輪)

帯曲輪
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構成 下総国のほぼ中央、印旛沼の東南に位置する台地上に築かれた平山城。

印旛沼から流れ出る鹿島川が城地の西を流れ、その印旛沼や鹿島川を天然の外堀とし、台地の先端部分に本丸、空堀を隔てて東と南に広がる二の丸、その南には三の丸、二の丸の東と三の丸の南には家臣の屋敷を並べた、連郭式の縄張りであった。
石垣は使用されなかった。

本丸の西隅には天守替わりの3重4階櫓があげられ、東側にも3階の隅櫓が築かれた。

本丸下の堀にせり出すように、ふたつの出丸が置かれ、それを細い帯郭で連結し、主郭部の防御の役目を果たしていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 佐倉城址公園となっており、広大な駐車場からは徒歩数分で本丸曲輪へ行ける。
曲輪、土塁、空堀、水堀など、保存状態が良いのが特徴。
二の丸の東一帯は、国立歴史民族博物館となっている。
略歴
1550年頃 本佐倉城主であった千葉親胤が、鹿島幹胤に築城を命じる
1557年 千葉親胤が暗殺されたため、築城は中途で中止
その後、千葉邦胤が築城を再開
1585年 千葉邦胤が暗殺されたため、築城は中途で中止
(中略)
1610年 徳川家康の命により、佐倉藩主土井利勝(3万2千石)が築城を再開
1618年頃 完成
(後略)