琵琶湖に築いた明智光秀の水城
坂本城さかもとじょう
場所 滋賀県大津市下阪本3
旧国郡名 近江国 滋賀郡
別名  
種別 平城
築城時期 1572年(元亀3年)
築城背景 織田信長から近江国の志賀郡5万石を与えられた明智光秀が、前年焼き討ちした(比叡山焼き討ち)比叡山麓の坂本の町の行政と、琵琶湖西岸の防備の拠点として築城。
名城 私の500名城
主な城主 明智光秀羽柴(豊臣)秀吉浅野長政
天守 詳細不明(非現存)
主な遺構 石垣
主な再建物  
交通 京阪石山阪本線 松ノ番場駅 徒歩約15分
駐車場 坂本城址公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜3分歩く〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

坂本城址公園(北大津湖岸緑地)

明智光秀の像)

城址から見た琵琶湖
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構成 琵琶湖西部(湖西)、琵琶湖に面して築かれた水城。

湖近くに本丸、それを琵琶湖の水を掘に引き込んだ内堀で囲み、その西側に二の丸、さらにその西側に三の丸、という構成だった。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 湖岸にある坂本城址公園(北大津湖岸緑地)のほかは、城域のほとんどが市街地となっている。
本丸は、坂本城址公園の北側にあった。
略歴
1572年 近江国の志賀郡5万石を与えられた明智光秀が築城
1579年 城主明智光秀丹波国攻めの功により丹波国29万石を加増され、亀山城を二つ目の居城に
1582年 本能寺の変
山崎の戦明智光秀が、羽柴(豊臣)秀吉に敗北
明智光秀坂本城へ逃げ戻る途中、落人狩りにあい死没
安土城を抑えていた明智秀満が、琵琶湖を馬で渡り坂本城に戻るが、自分の妻(明智光秀の娘)と、光秀の妻子を刺し殺してから、城に火を放ち自害
戦後は、羽柴(豊臣)秀吉が城主となり、丹羽長秀が守将として入城
1583年 賤ヶ岳の戦の際、秀吉方の軍事拠点となる
戦後は、浅野長政が城主となり城下町の整備を行う
1586年 浅野長政大津城を築城し居城としたのに伴い廃城