北条家が北関東進出の足掛かりとした
逆井城さかさいじょう
場所 茨城県坂東市逆井1212付近
旧国郡名 下総国 猿島郡
別名 飯沼城
種別 平城
築城時期 1452年頃(享徳元年頃)
築城背景 下総国逆井の地を拝領した、下野国小山義政の五男小山常宗が居城として築城。
逆井氏を名乗った。

その後、北条家の関東進出に伴い、特に利根川以北への戦略拠点とすべく、北条氏繁が大改修を行った。
名城 私の500名城
主な城主 逆井家、北条家
天守 なし
主な遺構 堀、空堀、土塁、城門(移築)
主な再建物 物見櫓(2重)、井楼櫓、平櫓、門、塀、橋
交通 JR東北本線 古河駅 徒歩約90分
駐車場 逆井城跡公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

シンボルである再建2階櫓と
大手の筋違橋

舟入方面から望む再建井楼矢倉と
再建2階櫓

蓮沼を利用した舟入跡


城主、逆井常繁の戦死を受けて、
奥方(または娘)が身を投げたと
いわれる鐘堀池
構成 下総国北西部、利根川と鬼怒川に挟まれた湖沼地帯に築かれた平城。
城域は、当時存在した、南北30kmに渡る細長い飯沼の西岸の台地の端にあたる。

本丸(一ノ曲輪)、東二ノ曲輪、三ノ曲輪を堀を隔てて並べ、本丸の南西に西二ノ曲輪、本丸の南東には鐘堀池を隔てて古城跡(旧城の一ノ曲輪)を配した連郭式、梯郭式複合の縄張り。
三ノ曲輪の外にも外構を置き、さらにその東に外堀を穿って元からあった谷を合わせ総構えとした。

大手は西二ノ曲輪の南東部に開き、飯沼を利用した舟入(船着場)に大手橋にあたる筋違橋を架けた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 逆井城跡公園として整備されており、発掘調査に基づいて一ノ曲輪の櫓門(2階門)、西二ノ曲輪の2階櫓を初め、井楼櫓や平櫓、橋、城壁などが再現されている。

また、土塁や堀、空堀なども忠実に再現されており、後北条家の築城術を知ることができる。
略歴
1452年頃 小山常宗が居城として築城。逆井氏を名乗る
1500年頃 逆井貫利が城主に
1536年 城主、逆井常繁が戦死。(北条家との戦といわれるが、異説あり)
(中略)
1556年頃 北条氏康、関東に進出
(中略)
1577年 相模国玉縄城主、北条氏繁が大改修し城代に
1578年 城主、北条氏繁が病没。子の北条氏舜が城代に
1580年頃 氏舜の弟、北条氏勝が城代に。(兄、北条氏舜の死後か?)
1584年〜1585年 城代、北条氏勝、下野国へ出陣
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めで、城主北条氏勝は伊豆国山中城に入城するが落城、玉縄城へ退却
北条家の滅亡により廃城