信玄が遠・三侵攻の拠点とした
大島城おおしまじょう
場所 下伊那郡松川町元大島251(付近)
旧国郡名 信濃国 伊那郡
別名 台城、大蛇ケ城
種別 平山城
築城時期 1160年頃
築城背景 信濃国の国人、片桐家の支流、大島宗綱が居城とすべく築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 大島家(片桐家)、武田信廉
天守 なし
主な遺構 土塁、空堀、三日月堀
主な再建物  
交通 JR飯田線 山吹駅 徒歩約25分
駐車場 台城公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

三の丸西側の三日月堀

本丸と二の丸の間の空堀

城跡そばから望む天竜川 
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構成 信濃国下伊那、天竜川の河岸段丘に造られた平山城。

川に近い東側に本丸を置き、空堀を挟んだ西側に二の丸、さらにその南側に三の丸を配した。

三の丸の西、大手横の三日月堀は、武田家の得意としたもので、元亀2年(1570年)の大改修時に造られたと思われる。
縄張図
または
現地
案内図
現状 台上公園となっているが整備はあまりされていない様子。
遺構は、三日月堀、土塁、空堀など。
略歴
1160年頃 片桐家の支流、大島宗綱が居城とすべく築城(推定)
(中略)
1545年 武田晴信(信玄)の伊那侵攻を受け、その支配下に
その後、武田晴信(信玄)遠江国三河国方面侵攻の拠点に
1570年 武田晴信(信玄)の命により、秋山信友が大改修
1572年 武田晴信(信玄)上洛戦を開始
1573年 武田晴信(信玄)病没
1575年 長篠の戦で武田氏が大敗
1582年 織田家の侵攻を受け、城将として入城していた武田信廉は逃亡。
城主、片切政忠が討ち死に
武田家滅亡(天目山の戦))
その後、廃城