大坂の陣で雪村が築いた半円形の出丸
大坂城真田丸おおさかじょうさなだまる
場所 大阪市天王寺区玉造本町14-90
旧国郡名 摂津国 東生郡
別名  
種別 出丸
築城時期 1614年(慶長19年)
築城背景 大坂冬の陣真田幸村が最も弱い平野口の防備のために構築
名城  
主な城主 真田幸村
天守 なし
主な遺構 抜け穴(?)
主な再建物  
交通 JR大阪環状線 玉造駅 徒歩約5分
駐車場  
徒歩・登山 玉造駅〜徒歩5分〜出丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
× × 歩5分

真田幸村像と六連銭の幟

大坂城へ通じる?抜け穴
構成 大坂城のを取り囲む惣堀の南、平野口に築かれた出丸。

東西約180m、周囲約の半円形(方形説あり)の曲輪で、塀と空堀を巡らせ、外側には3重の木柵を設けた。

塀には6個一組の銃眼が1間(1.8m)置きに開けられた。

真田丸の南には篠山と呼ばれた小丘があり、幸村はこの丘にも兵を配し連携させた。
縄張図
または
現地
案内図
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現状 市街化され宰相山公園、三光神社などとなっており、三光神社の境内に真田幸村像と大坂城へ通じていたという抜け穴が残る。
略歴
1614年 大坂冬の陣で、真田幸村大坂城惣構の南側、平野口に築城
  真田丸を徳川方の前田利常、井伊直孝、松平忠直らが攻めるが、真田幸村が撃退(真田丸の戦)
この後講和が整い、り外堀、三の丸、二の丸まで埋め立てられ、本丸は裸城に
1615年 大坂夏の陣の天王寺の戦で、真田幸村が戦死
(後略)