伊達政宗が岩代や磐城攻略の拠点とした
大森城おおもりじょう
場所 福島県福島市大森北御手12付近
旧国郡名 陸奥国岩代 信夫郡
別名 臥牛城、白鳥城、鷹峰城
種別 平山城
築城時期 南北朝時代?
築城背景 不明(信夫(佐藤)盛衡が居城とすべく築城したとの説あり)
名城 私の500名城
主な城主 信夫家、伊達実元、伊達成実片倉小十郎木村吉清、栗田時国(城代)、芋川正親(城代)
天守 なし
主な遺構 空堀
主な再建物
交通 JR東北本線 南福島駅 徒歩約45分
駐車場 大森城山公園の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

本丸の空堀

本丸

弁慶の足跡と呼ばれる妙見尊の碑
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構成 陸奥国岩代東部、信達盆地に突き出た舌状台地の先端にある標高147mの小丘に築かれた平山城。

南北に長い平坦部の中央に本丸を置いて空堀で囲み、北に北館や椿館、南に椿館や南館と呼ばれる曲輪を置いた。

大手は北東に開かれ、搦め手は西側に開かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 大森城山公園となっており、桜の名所として知られる。
遺構としては本丸の周囲の空堀がわずかに残る程度。
略歴
1360年頃 信夫(佐藤)盛衡が築城?
(中略)
1542年 陸奥守護で桑折西山城主の伊達種宗と、その子、伊達晴宗が争い、巻き込まれる。(天文の乱)
1548年 天文の乱が終結し、伊達晴宗が家督を相続、晴宗の弟、伊達実元が大森城主に
1585年 伊達実元が隠居。子の伊達成実が城主に
伊達政宗、大森城を拠点に東安達を攻める
1586年 伊達政宗、二本松氏を滅ぼす
1586年 伊達成実二本松城主に。政宗の家老、片倉小十郎が城主に
1588年 伊達政宗、大森城を拠点に安達、田村を攻める
1590年 奥州仕置
伊達政宗陸奥国陸前玉造郡など58万石へ減封の上転封に
1591年 会津を拝領し、黒川城(会津若松城)主となった蒲生氏郷の支配下となり、家臣の木村吉清が城主に。(5万石)
1595年 蒲生氏郷、死没
1598年 越後国から転封になった上杉景勝の支配下となり、家臣、栗田時国が城代に
1600年 関ヶ原の戦で、上杉景勝が味方した西軍が敗北
1601年 米沢30万石に減封となった上杉景勝の家臣、芋川正親が城代に
1614年 芋川正親、上杉景勝に従い大坂冬の陣に参陣
(後略)