関ヶ原の戦直前の西軍本陣
大垣城おおがきじょう
場所 岐阜県大垣市郭町2-52
旧国郡名 美濃国 安八郡
別名 牛屋城
種別 平城
築城時期 1500年(明応9年)
築城背景 美濃国守護、土岐家の家臣、竹腰尚綱が居城とすべく築城したと推定
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 竹腰尚綱、氏家ト全池田恒興池田輝政加藤光泰一柳直末、伊藤盛景、戸田氏鉄
天守 3重4階天守(非現存)
主な遺構 石垣
主な再建物 3重4階天守、大手門
交通 JR東海道線 大垣駅 徒歩約8分
駐車場 常葉神社そばの有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩4分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩4分

戸田氏鉄像と3重4階天守(再建)

本丸の石垣

天守から望む大垣市街
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構成 濃尾平野西部の平野、揖斐川の川岸に築かれた平城。

本丸とすぐ南隣の二の丸を中心に内堀で囲み、その周囲に三の丸、天神丸、竹の丸を配した、輪郭式の縄張り。

それら主郭部の外側は、堀、侍屋敷、堀、侍屋敷、外堀の順で広がり、4重の水堀が囲む城であった。

本丸には、1596年に建てられた3重4階の天守が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸部は大垣公園となっており、再建された3重4階の天守は資料館となっている。
そのほかは市街化されている。
略歴
1500年 竹腰尚綱が築城
1559年 斎藤道三が、城主の竹腰重吉を攻めて追い、氏家ト全を城主とする
1583年 賤ヶ岳の戦羽柴(豊臣)秀吉に味方した池田恒興が、13万石を拝領し城主に
1584年 池田恒興が、嫡男元助とともに小牧・長久手の戦で戦死
次男の池田輝政が家督を相続
1585年 池田輝政岐阜城を居城に
加藤光泰が城主に(4万石)
一柳直末が城主に(3万石)
1586年 天正大地震で全壊
1596年 豊臣秀吉家臣、伊藤盛景が城主となり、天守を造営(一柳直末が造営した説もあり)
1599年 伊藤盛景の死没により、子の伊藤盛正が城主に
1600年 関ヶ原の戦直前、西軍の石田三成が本陣を置く
関ヶ原の戦で西軍が敗戦し、東軍の水野勝成らに攻められ落城
1635年 戸田氏鉄が10万石を拝領し城主に
(後略)