太田道灌や北条早雲が修築を行った
大庭城おおばじょう
場所 神奈川県藤沢市大庭5230(付近)
旧国郡名 相模国 高座郡
別名  
種別 平山城
築城時期 平安時代末期(戦国時代説あり)
築城背景 鎌倉氏の一族、大庭景宗が居城とすべく築城(推定)
名城  
主な城主 大庭家、扇谷上杉家、福島勝広(北条家家臣)
天守 なし
主な遺構 土塁、空堀
主な再建物  
交通 JR東海道線 辻堂駅 徒歩約45分
駐車場 無料駐車場あり
徒歩・登山 駐車場〜登5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

主郭の空堀

花見客でにぎわう城址公園
構成 相模国の東部を流れる引地川と、その支流小糸川の合流地点にある、標高20mほどの小高い丘陵に築かれた平山城。

当地、大庭は古くから伊勢神宮の荘園、大庭御厨となっていた。

丘陵南端の最高所に本丸を置いて空堀を巡らせ、北に向かっていくつか曲輪を並べた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城域は大庭城址公園となっており、主郭周辺に土塁や空堀などの遺構が残されている。

桜の名所としても知られる。
麓に駐車場もあるが狭いので、花見シーズンは車での訪問は避けたほうがよい。

城跡の北には、裏門、二番構(にばんがまえ)、駒寄(こまよせ)、矢向(やこう)などの地名が残されており、かなり広い外郭を伴う城郭であったことが想像されるものの、詳細は不明。
略歴
  (前略)
1415年 上杉禅修の乱により、当地は山内上杉家の支配下に
1480年頃 山内上杉家の家裁、太田道灌が大庭城を改修(時期は推定)
1486年 太田道灌、死没
1512年 北条早雲が大庭城を攻略
その後、北条早雲が大庭城を改修、家臣、福島勝広が城主に
北条早雲玉縄城を築城したことにより、廃城