宇喜多家が大改修した黒い平山城
岡山城おかやまじょう
場所 岡山県岡山市北区丸の内2-3-1
旧国郡名 備前国 御野郡
別名 金烏城、烏城
種別 平山城
築城時期 1350年頃(正平5年)
築城背景 南北朝時代、南朝方のの名和家の一族である上神高直が、居城とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 宇喜多直家宇喜多秀家
天守 4重6階天守(塩櫓を付属させた複合式)(非現存)
主な遺構 月見櫓、石垣、堀、後楽園
主な再建物 天守
交通 JR山陽本線など 岡山駅 徒歩約20分
駐車場 周辺の有料駐車場
徒歩・登山 市電城下駅〜徒歩12分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩12分

岡山城天守(旭川に架かる月見橋から)

再建天守

廊下門

月見櫓
構成 旭川が北から東にカーブしながら流れる台地、岡山に築かれた、平山城。
旭川は元々城地の西を縦に流れていたのだが、天守の東側の防備のために現在の流れに変えられた。

その旭川に面した高台に本丸があり、付櫓(塩櫓)付きの望楼型4重6階の天守がそびえ、西と南を内堀で囲んでいた。
内堀を隔てた南西の平地に、二の丸、西の丸、三の丸などを配していた。
旭川を隔てた平地に作られた後楽園は、城北の防備性を高めるための曲輪だったとも言われる。

築城当初、本丸は現在の岡山から西300mほどの石山の地にあった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 主郭部は烏城公園となっており、月見櫓などが現存している。
天守は昭和になってから再建されたもの。
不明門や廊下門は再建されたもの。

西の丸は市街化されており、官庁や学校などが立ち並ぶが、西手櫓が現存している。

旭川を挟んだ北にある後楽園は、日本三名園のひとつ。

築城当初本丸があった石山は、市民会館や石山公園などとなっている。
略歴
1350年頃 南北朝時代、上神高直が石山台に築城したのが始まり。(石山城)
(中略)
1521年 金光家が居城に。
1573年 金光家を倒した宇喜多直家が入城。
城下町の整備や城の改修を始める。
1581年 宇喜多直家死没。宇喜多秀家が9歳で家督を継ぐ。
1590年 豊臣秀吉の元で太守となった宇喜多秀家が、現在の地に本丸を移動させ、旧石山城の本丸は二の丸に取り込むなどの大改修を開始。
また、弱点であった主郭部東側の防備のため、旭川の流れを天守を抱き込むように改変。
その後、岡山城と改名。
1600年 関ヶ原の戦で西軍についた宇喜多秀家に替わって、小早川秀秋備前国美作国52万石の太守となり入城。
1602年 小早川秀秋が急死。嗣子がないことから小早川家は断絶。
1603年 池田忠継(池田輝政の二男)が城主に。
1615年 池田忠継死没。
忠継の弟、池田忠雄が城主に。
(後略)