国司、北畠具教の最後の砦となった
大河内城おかわちじょう
場所 三重県松阪市大河内町440(登城口)
旧国郡名 伊勢国 飯高郡
別名 安濃津城
種別 平山城
築城時期 1415年(応永22年)
築城背景 伊勢国の国司、北畠満雅が南北朝時代に築いて、弟の北畠顕雅に守らせた
名城  
主な城主 北畠顕雅、北畠具教北畠(織田)信雄
天守 なし
主な遺構 堀切、土塁
主な再建物  
交通 JR紀勢本線 松阪駅 約10q
駐車場 大河内地区市民センターの無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩5分〜登城口〜登る7分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登7分

大河内城

本丸

搦め手門跡からの風景

本丸と西の丸の間のまむし谷にかかる橋
構成 伊勢国中央の大河内の町、標高110mの丘陵の突端に築かれた平山城。

城域の東には阪内川が流れ、北にも阪内川の支流である矢津川が流れ、天然の外堀の役目を果たし、西と南は深い谷となっていた。

山頂近くに本丸、まむし谷と呼ばれる深い谷を隔てた最高部に西の丸、本丸の東の一段下に馬場(曲輪)や御納戸(曲輪)や二の丸を配した、連郭式の縄張り。

大手は北に開かれ、二の丸のある南が搦め手であった。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸、西の丸には神社が祭られており、まむし谷には橋が架けられている。
二の丸には表忠碑が建てられている。
城のすぐ西側に、伊勢自動車道が走っている。
阪内川のそばの大河内地区市民センターの駐車場から、搦め手口を伝って約10分ほどゆるやかな坂を登れば本丸に行ける。
略歴
1415年 伊勢国国司で阿坂城主の北畠満雅が築き、弟の北畠顕雅を城主に据える
その後、大河内御所と呼ばれる
(中略)
1569年 織田信長の侵攻の直前、国司の北畠具教が要害であるこの城を居城として、多気城(多気御所)から移る
織田信長に攻められ、信長の子、織田(北畠)信雄を養子とする条件を受け降伏、開城。(大河内城の戦
1576年 織田(北畠)信雄が居城を田丸城に移したため、廃城