馬場美濃が整備した川中島進出拠点
岡城おかじょう
場所 長野県上田市岡1300付近
旧国郡名 信濃国 小縣郡
別名 岡村城
種別 平城
築城時期 811年?(弘仁2年)
築城背景 桓武平氏である平清氏が築城し岡村氏を名乗る(現地説明板より)
名城 私の500名城
主な城主 岡村家、藤之木家、武田家
天守 不明
主な遺構 三日月堀、空堀、土塁
主な再建物  
交通 上田電鉄別所線 舞田駅 徒歩約45分
駐車場 岡城公園横の駐車スペース
徒歩・登山 Pスペース〜徒歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

二の丸土塁と空堀

空堀

西の三日月堀

東の三日月堀と馬出し(右)

北の三日月堀と土塁
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構成 塩田平(上田盆地の西部)の西端、浦野川の北側の河岸段丘に築かれた平城。

城域は東西460m、南北365mにおよび、川に面して五角形の本丸を置き、その西か北、東へ二の丸を取りまわした輪郭式。

二の丸の西、北、東の虎口にそれぞれ、武田家の築城らしく三日月堀を伴う丸馬出しを置いた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸も二の丸も宅地や畑地などとなっているが、二の丸北東の土塁が岡城公園となって残っている。

岡城公園の北の空堀が良好な形で残るほか、3つの三日月堀も確認可能。

北の三日月堀は雑草が生い茂っていることもあってやや見つけにくいが、弧を描く土塁がわずかに残っているので、それが目印。
略歴
811年 平清氏が築城し岡村氏を名乗る
  (中略)
1547年頃 武田晴信(信玄)の重臣、馬場信春により改修される(時期は推定)
1551年 真田幸隆の調略により村上義清の戸石城が武田家の支配下に
1553年 真田幸隆が塩田城にいた村上義清を追う
1561年 第四次川中島の戦
1568年頃 廃城