北近江に派を唱えた浅井家の堅城
小谷城おだにじょう
場所 滋賀県長浜市小谷郡上(登城口:長浜市湖北町伊部768)
旧国郡名 近江国 東浅井郡
別名  
種別 山城
築城時期 1524年(大永4年)
築城背景 近江国守護、京極家の筆頭家臣となった浅井亮政が、居城とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 浅井亮政浅井久政浅井長政
天守 2重天守(?)(非現存)
主な遺構 土塁、堀切、空堀
主な再建物  
交通 JR北陸本線 河毛駅 徒歩約40分
駐車場 金後丸そばの駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜登る20分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登20分

小谷山の遠景(東南方向から)


千畳敷と呼ばれた本丸下の曲輪
(奥の台状の曲輪が本丸曲輪)

小谷城から望む大嶽城
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構成 琵琶湖北部(湖北)の標高495mの小谷山に築かれた山城。

本丸は、南側の尾根に置かれ、さらに北側のピークへ向かって堀が切られ(空堀)、中之丸、京極丸、小丸、山王丸と尾根上の曲輪が続く。
本丸から南の尾根には、桜馬場、金吾丸、馬洗池などが連なる。

一番高所の山王丸から北西へ向かい、一旦下ってまた上ると、小谷山よりも100mほど高い大嶽山に着く。これが小谷城の支城、大嶽城で、当初の浅井家の居城だったと言われている。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸、山王丸、京極丸などの曲輪跡が尾根沿いに連なって残っている。
山腹、金後丸そばの駐車スペースからであれば軽めのハイキング感覚で巡ることができる。
略歴
1524年 近江国守護、京極家家臣、浅井亮政が築城
1542年 浅井亮政の死没により、子の浅井久政が家督を相続し、城主に
1560年 浅井久政が子の浅井長政に家督を譲って隠居
野良田の戦で南近江の六角家に勝利した浅井家が、独立大名となる
1567年 織田家と同盟し、織田信長の妹、お市の方を正室に迎える
1570年 越前国の朝倉攻めに向かった同盟者織田信長へ敵対行動をとる。
金ヶ崎の退き口
姉川の戦で、織田軍が浅井、朝倉連合軍に勝利
1573年 小谷城の戦で浅井家滅亡
信長家臣、羽柴(豊臣)秀吉が小谷城主に
1575年 羽柴(豊臣)秀吉が、琵琶湖に面した今浜に居城を移した(長浜城)ため、廃城