伊達政宗から離反した城主、大内定綱
小浜城(岩代)おばまじょう
場所 福島県二本松市小浜下館150付近(登城口)
旧国郡名 陸奥国岩代 安達郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1471年(文明3年)
築城背景 石橋家家臣、大内宗政が居城とすべく築城
名城 私の500名城
主な城主 大内義綱、大内定綱、伊達家、蒲生家
天守 なし
主な遺構 石垣、堀切
主な再建物 模擬門
交通 JR東北本線 安達駅 徒歩約120分
駐車場 城跡公園の無料駐車スペース
徒歩・登山 駐車スペース〜1分登る〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登1分

本丸の石垣

本丸虎口の模擬門

本丸上段の断崖
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構成 陸奥国岩代東部、二本松の東の岩代にある標高294mの丘陵に築かれた平山城。

本丸は上段、下段から構成され、大手方面の南側は石垣造りであった。
本丸の東に二の郭を、西に三の郭を置き、本丸との間はそれぞれ堀切で区切った。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城跡公園となっており、車で本丸すぐ下まで登って行ける。
本丸には城址碑が建てられ石垣の一部が残っており、眺望も良い。
二の郭以下は畑地などとなっている。
略歴
1471年 石橋家家臣、大内宗政が築城
(中略)
1568年 城主、大内義綱、田村家に寝返り、旧主で四本松城主の石橋尚義を追放
1582年 城主、大内定綱、田村家からの独立を目指し、伊達家に従軍
1583年 城主、大内定綱、田村家から独立し伊達家の臣下に
1584年 城主、大内定綱、伊達家から蘆名家に寝返る
1585年 伊達政宗が主君となると、城主、大内定綱は蘆名家への寝返りを画策
伊達政宗に支城の小手森城を攻略され撫で切りにされ、城を棄て二本松城へ逃亡
粟之巣の変事
1586年 伊達政宗二本松城主、畠山家を滅ぼす
1588年 大内定綱伊達政宗に帰参
1590年 奥州仕置
1591年 伊達政宗陸奥国陸前玉造郡などへ転封となると、大内定綱は胆沢郡に1万石を拝領し前沢城主に
1591年 会津を拝領し、黒川城(会津若松城)主となった蒲生氏郷の支配下となり、家臣の蒲生忠右衛門が城代に
1595年 蒲生氏郷、死没
1598年 越後国から転封になった上杉景勝の支配下となり、家臣、山浦景国が城代に
1600年 関ヶ原の戦で、上杉景勝が味方した西軍が敗北。
1601年 米沢30万石に減封となった上杉景勝に替わり、蒲生家の支配下となり、家臣の玉井貞右が城代に
1627年 廃城