千人殺しの高石垣のある延岡藩庁
延岡城のべおかじょう
場所 宮崎県延岡市東本小路155
旧国郡名 日向国 臼杵郡
別名 縣城、亀井城
種別 平山城
築城時期 1603年(慶長8年)
築城背景 縣(延岡)の領主、高橋元種が、松尾城に替わる居城として築城
名城 続日本100名城 私の500名城
主な城主 高橋元種、有馬家、三浦家、牧野家、内藤家
天守 なし(天守替りの御三階櫓)
主な遺構 石垣
主な再建物 城門
交通 JR日豊本線 延岡駅 徒歩約26分
駐車場 有料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登5分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登5分

北大手門(再建)

千人殺しと呼ばれた本丸の高石垣

本丸の枡形虎口

二階門櫓跡(奥)

天守台からの眺望
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構成 日向国北東部、縣(のちの延岡)にある標高53mの延岡山に築かれた平山城。

南の大瀬川と北の五ヶ瀬川の中州に位置し、この2本の川を外堀とし、延岡山には本丸、天守台、二の丸、三の丸を配して周囲に内堀を巡らせ本城とした。
また西麓の西の丸には藩主の居館が建てられ、延岡城はこれら二郭から構成されていた。

天守台には天守が築かれることはなく、本丸の北東隅に天守に替わる御三階櫓があげられた。

本丸の高さ22mの高石垣は「千人殺し」と呼ばれ、石の一部を外すと全体が崩れ落ちるようになっていたと言われる。

城の周囲は城下町となり、本小路、北小路、桜小路、天神小路などの侍屋敷や、南町、中町、北町などの商人町などが広がっていた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 城山公園として整備されており、そばに2ヶ所の有料駐車場が完備されている。
どちらからも5分ほど登ると天守台に至る。

石垣が各所に残っており、特筆すべきは千人殺し(本丸の高石垣)である。

西の丸には、亀井神社や最期の藩主、内藤家ゆかりの内藤記念館が建てられており、記念館には藩関連資料や美術品などが展示されている。
略歴
1603年 高橋元種が築城し縣城(あがたじょう)を名付け居城に(初代縣藩主)
1613年 高橋元種が、罪人の坂崎左衛門を匿った罪によって改易に
1614年 有馬直純が城主に(5万3千石)
1641年 有馬直純が死没、子の有馬康純が城主に
1652年 有馬康純、城の大改修を開始
1655年 大改修が完了
(後略)