奥州探題、畠山家が二世紀以上居城とした
二本松城にほんまつじょう
場所 福島県二本松市郭内4
旧国郡名 陸奥国岩代 安達郡
別名 霞ヶ城、白旗城
種別 平山城
築城時期 1414年(応永21年)(嘉吉年間(1441年頃)説あり)
築城背景 奥州管領で、二本松に居を構えていた二本松(畠山)満泰が、居城とすべく築城
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 二本松義継片倉小十郎(城代)、伊達成実、蒲生郷成、町野重仍、下条忠親(城代)、秋山定綱(城代)、梅原弥左衛門(城代)、門屋勘右衛門(城代)、本山家(城代)、外池家(城代)、加藤家、丹羽光重
天守 3重天守
主な遺構 石垣、天守台、堀、茶室(現、洗心亭)
主な再建物 石垣、箕輪門、付櫓
交通 JR磐越西線 二本松駅 徒歩約30分
駐車場 箕輪門前や三の丸西側に無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜7分登る〜本丸下
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登7分

箕輪門の付櫓(再建)

墨絵の茶屋(洗心亭)

満開の桜の新城舘(旧本丸)

本丸の石垣
構成 陸奥国岩代東部の中通、二本松の町の北側にある標高345mの白旗が峰に築かれた平山城。

山頂部の本丸、二の丸、三の丸を主郭とし、そこから北西・東・南へ延びる尾根などに、に、東城、旧本丸だった西城、その他多くの曲輪を梯郭式に配した縄張り。

主郭部は、江戸時代、加藤家が藩主になってから造成されたもので、それまでは西城が本城だったと推定されている。

本丸の天守台石垣上には3重の天守があげられたが、詳細は不明。
縄張図
または
現地
案内図
現状 霞ヶ城公園として整備されている。本丸付近の石垣は平成になってから復元・修復されたが、旧石垣の一部も遺構として残っている。

麓の箕輪門やその付櫓は昭和に再建されたもの。
略歴
1414年頃 二本松(畠山)満泰がが築城
(中略)
1585年 伊達政宗との闘争の結果、粟之巣の変で、城主二本松義継が死没
伊達政宗二本松義継が捕らえた父、伊達輝宗もろとも義継を射殺した)
1586年 伊達政宗に降伏、開城。(二本松家滅亡)
伊達家の重臣、片倉小十郎が城代に
伊達家の重臣、伊達成実が城主に。(3万8千石)
1590年 奥州仕置
伊達政宗陸奥国陸前玉造郡など58万石へ減封の上転封に
1591年 会津を拝領し、黒川城(会津若松城)主となった蒲生氏郷の支配下となり、家臣の蒲生郷成が城主に。(4万石)
1595年 蒲生氏郷、死没。
1598年 越後国から転封になった上杉景勝の支配下となり、家臣、下条忠親と秋山定綱が城代に。
1600年 関ヶ原の戦で、上杉景勝が味方した西軍が敗北。
1601年 米沢30万石に減封となった上杉景勝に替わり会津を拝領した蒲生秀行の支配下となり、梅原弥左衛門と門屋勘右衛門が城代に
1627年 蒲生家に替わり会津を拝領した加藤嘉明の支配下に。
(後略)