馬渕川の造った段丘上の平山城
根城ねじょう
場所 青森県八戸市根城47
旧国郡名 陸奥国陸奥 三戸郡
別名  
種別 平山城
築城時期 1334年(建武元年)
築城背景 陸奥国司代の南部師行が居城とすべく築城
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 南部家
天守 なし
主な遺構 空堀、土塁
主な再建物 主殿、中馬屋、工房、鍛冶工房、門など
交通 JR八戸線 長苗代駅 徒歩約40分
駐車場 専用無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜徒歩3分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩3分

主殿などが再建されている本丸

中館の堀

本丸の堀

南部師行像
構成 陸奥国陸奥の東南端、八戸を流れる馬渕川の河岸段丘に築かれた平山城。

本丸の東に中館、東善寺館、岡前館、捨て郭、沢里館と呼ばれる曲輪が配され、各曲輪間は空堀で隔てられた。
縄張図
または
現地
案内図
現状 根城の広場として整備され、特に本丸は発掘調査に基づき主殿や中馬屋などの建物や城門が再現されているほか、曲輪間の空堀も良好に残っている。

城域の東には八戸市博物館が建てられており、八戸の歴史を学ぶことができる。

南側の岡前館は市街化されている。
略歴
1334年 南部師行が築城
(中略)
1393年 一時甲斐国へ移っていた南部政光が八戸に戻り、その後八戸氏を称す
三戸南部家の支城的な位置に置かれる
(中略)
1548年 八戸政栄が城主に
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めでは、主家の南部信直が秀吉に参陣したため戦後は所領を安堵される
1591年 九戸政実の乱
  その後、家督を相続した八戸直栄が城主に
1595年 八戸直栄死没、弟の八戸直政が城主に
1598年 南部信直不来方城(盛岡城)の築城を開始。これにより根城も盛岡藩の支配下に
1610年 八戸政栄死没
1614年 八戸直政死没、兄、直栄の未亡人、清心尼が家督を相続
1620年 清心尼の婿養子、八戸直義が家督を相続
1627年 八戸直義、遠野へ転封となり廃城