能登畠山氏の険しい山城
七尾城ななおじょう
場所 石川県七尾市古城町
旧国郡名 能登国 鹿島郡
別名 松尾城、末尾城
種別 山城
築城時期 1428年(正長元年)
築城背景 能登国守護の畠山家が、堅固な居城とすべく築城。
名城 日本100名城  私の500名城
主な城主 畠山家、畠山春王丸、上杉家、前田利家
天守 不明
主な遺構 石垣、堀切、土塁、空堀
主な再建物  
交通 JR七尾線 七尾駅 徒歩約80分
駐車場 山腹にある長屋敷跡の無料駐車場
徒歩・登山 駐車場〜登る10分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
登10分

本丸北側の3段の石垣

本丸から望む七尾湾・能登島


安寧寺跡
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構成 能登半島の南東部、七尾湾に近い石動山脈にある、標高300mながら険しい七尾山を中心に築かれた山城。

本丸は山頂に置かれ、そこから北西に伸びる尾根に、重臣の屋敷の曲輪(遊佐氏、温井氏など)、西の丸、桜馬場、二の丸、三の丸などを配した梯郭式の大きな縄張り。

畠山氏や戦没者を弔う安寧寺のあとも残されている。

石垣も使用されており、特に本丸の北側石垣は3段積みとなっている。

天守は築かれなかった。

戦国時代に至る頃の七尾城下の繁栄振りは相当なもので、城下の道沿い1里に渡り千門万戸の家屋が並んでいたと記録されている。
縄張図
または
現地
案内図
現状 本丸にはひっそりと城山神社が鎮座、本丸そばの長屋敷跡の駐車場から、徒歩1時間足らずで各曲輪を廻ることが出来る。

ただし、道案内の看板に一部わかりにくい部分がある。
安寧寺の曲輪から駐車場へ向かう場合は、途中の分岐点で、「本丸」方面へ向かわないと、旧大手道であるくだりの山道になってしまうので、注意が必要!
略歴
1428年 能登国守護の畠山家が築城
その後、たびたび増築される
(中略)
1576年 城主、畠山義慶、急死。(家臣による毒殺説あり)
弟の畠山義隆が家督を相続し城主に
1576年 城主、畠山義隆、急死。(家臣による毒殺説あり)
幼少の子、畠山春王丸が家督を相続し城主に
越中国を平定し能登国に侵攻してきた上杉謙信に攻められるが、約1年間落城せず
1577年 畠山家の重臣、長続連の子長連龍が、織田信長へ援軍を依頼に向かう
1578年 上杉謙信が死没すると越後国御館の乱が起こる
織田信長の部将、柴田勝家が北陸方面への進撃を強化
1581年 織田家の北陸侵攻や、国内の反上杉勢力の活性化などにより開城
柴田勝家の与力、前田利家能登国23万石を拝領し城主に
1582年 前田利家小丸山城を築城し居城としたため、廃城