利根川の断崖上の謙信の陣城
長井坂城ながいざかじょう
場所 群馬県渋川市赤城町棚下876-101の北約0.6km
旧国郡名 上野国 勢多郡
別名  
種別 山城(断崖城)
築城時期 1560年?(永禄3年)
築城背景 越山(関東出兵)した長尾景虎(上杉謙信)が北条方の沼田城攻めの拠点として築城(推定)
名城 私の500名城
主な城主 長尾家、北条家、狩野祐範
天守 なし
主な遺構 土塁、空堀、堀切、馬出
主な再建物  
交通 上毛電鉄上毛線 膳駅 徒歩約25分
駐車場 本丸入口脇の駐車スペース(1台分)
徒歩・登山 駐車スペース〜歩1分〜本丸
<個人評価>
総合 遺構 再建整備 知名度 アクセス
歩1分

二の丸

馬出と空堀

空堀

崖下の利根川(堰)を見下ろす

空堀

真下を通る関越自動車道
構成 上野国のほぼ中央、前橋と沼田を結ぶ沼田街道が通る棚下地区に築かれた山城で、利根川の削った東側の急崖上に位置する。
さらに北側も永井の沢の崖となっており、防御性はかなりの高さ。

崖に近い場所に本丸を置き、東の台地側に向かって二の丸、三の丸を並べ空堀で隔てた連郭式の縄張り。

本丸の南には小さな四郭と五郭(三の丸の延長とも)が配され、本丸の北には馬出し(六郭)が置かれた。
縄張図
または
現地
案内図
noimege
現状 県指定遺跡となっており、一部畑地となっている以外は、土塁や空堀などの遺構が良好に残されている。

アクセスについて注意が必要なのは、JR上越線の敷島駅の北、津久田地区から北へ向かう県道255号線が、崖崩れによって城跡のある棚下地区へ直接行けないこと。(2017年3月現在)
ということで、国道17号線(三国街道)の川額地区からアクセスすると良い。
略歴
1560年頃 越山(関東出兵)した長尾景虎(上杉謙信)が北条方の沼田城攻めの拠点として築城(推定)
1578年 上杉謙信死後御館の乱が起こると、北条氏邦の来襲を受け北条方に
1580年 武田家の真田昌幸沼田城を奪い取ったことを受け、真田家の支配下に
1582年 本能寺の変後に起こった、天正壬午の乱の際、北条氏邦の5千に攻略される
  北条方の長尾憲景(白井長尾家)が城を改修
1583年 真田勢に攻められるが、城主の津久田地衆の狩野祐範(隠岐守)が撃退
1590年 豊臣秀吉小田原城攻めを受けて廃城